出版大崩壊

いま起きていること、次に来るもの

小林一博 / イースト・プレス / 2001/04/30

★★★★★

これはまともな業界分析本

 出版業界の現状を分析し、改善方法を提案する本。この読書メモでは出版業界に関する本をいくつか取り上げているが、いまのところ一番まっとうに思える本だった。『だれが「本」を殺すのか』みたいな、「そりゃお前のことだろう」という突っ込みを入れたくなるような本を読むぐらいなら、本書を読むことをお勧めする。ちょっとばかり構成がすっきりしていないということと、この分野に関する基本的な知識を前提としているという問題はあるが、内容はちゃんとしている。

 この人は1931年生まれ。おそらくかなり前から似たようなことを言ってきたのだと思うが、現状は見てのとおりである。「おわりに」では「過去のしがらみを引きずっていない若い人たち」に期待を寄せているけれども、本人は、本書の記述を見る限り、そこいらの若い人よりもずっと元気そうだ。反骨の精神の持ち主らしく、大出版社に対してかなり手厳しい見方をしている。

 列挙される問題の記述を読んでいると、そのほとんどの部分が、マーケットに自由競争を導入することで解決されるだろうと予測できるのがかえって哀しくなってくる。出版社のコーポレート・ガバナンスの欠如をはじめとして、要するに戦後日本の典型的ななれ合い社会、いまの日本で「規制緩和」などの呼び声で批判されている企業のあり方の典型である。それがわかっていながら自ら改革に踏み切れないのならば、いったん壊滅状態になるしかないのかもしれない。その過程で消費者たる読者は何らかの被害を被るかもしれないけれども、長期的な視点では「痛みに耐える」ことも必要なのかもしれない、と思ったことだった。

 なお、「読者の側の変化」としてよく言われる「本の消費財化」とか「大衆的消費」みたいなキーワードについて、『出版社と書店はいかにして消えていくか』の項で、「「近代読者」というものの典型的なあり方として、「新聞の書評を読んで本を買う人」や、「良心的な書店の親父と茶飲み話をしながら読む本を探す人」みたいなのが想定されている。そういう勘違いをしているから、「近代読者」の需要が十分に掘り起こされず、掘り起こされなかった分、その人は「現代読者」として振る舞っているのだ」と書いたのだが、本書を読んでいてもう1つの可能性を思いついた。「本の消費財化」という言葉の背後には、町の小さな本屋さんの営業活動に押し切られて女性雑誌を定期購読している人とか、百科事典のセットを居間に飾っている人が少なくなって、消費者が書店の店頭で本を選ぶようになった、というような意味が含まれている可能性がある。

 こういう風に表現してしまうと「本の消費財化」は良いことでしかないように思うかもしれないが(私は心の底からそう思っているが)、消費者が店頭で買いたいものを選ぶようになったので、そこに商品を並べるという点での競争が激化したという風に議論を発展させると、たしかにこれは現在の出版点数の増加とそれに伴う返品率の高さ、そして大手出版社のアドバンテージといった諸問題の「原因」ではあるのである。もちろん、ここには「委託制」というファクターが入ってくる。そう考えると、消費者が書店の店頭で本を選ぶようになったので、委託制が正常に機能しなくなったと言いうるのかもしれない。

 なお、ときおり言われる「最近は古典が売れなくなった」という話について一言。もしかしたら古典を読む読者の人数が減っているという現象は本当に起こっているのかもしれない。しかしそれを確実に言うためには、古書店も含めた本の流通を調査しないとだめである。たとえば「夏目漱石が売れなくなった」と言う人は、日本全国の古書店に莫大な数の夏目漱石の本の在庫があることを見落としていることが多いのではなかろうか。今後、古書店の在庫のオンライン検索が普及すれば、新本として古典を売ることはますます難しくなると予想される。それだけではない。同じ店舗で新刊と新古書を売る書店が現れたといって、人はびっくりしているけれども、すでにamazon.comで本を買おうとすると、同じページにユーザーが出品している古本のアイテムが表示されるのだ。今後はたとえばamazon.co.jpでこの『出版大崩壊』を買おうと思ってそのページを表示させると、同じページに、ブックオフの『出版大崩壊』の在庫とYahooオークションに出品されている『出版大崩壊』のエントリが表示されるというようなことも起こらないとは限らない。流通の仕組みがなんとかならなければ、小さい出版社の本の場合は、ブックオフから買う方が早く配達されるかもしれない。

 まあ、出版社が大反対するだろうから、そういうようなことは起こらないかもしれない。しかし第三者が、各々のオンライン書店の在庫と(再販制がなくなったら価格も)、古書店や新古書店の在庫と価格を縦断的に収集するユーザー・エージェントを提供することはいつでも可能である。そうなったとき、出版社は自分がいったい何を売っているのかという問題に真剣に向きあわざるをえなくなる。

2001/6/14

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