歴史とはなにか

岡田英弘 / 文藝春秋 / 2001/02/20

★★★★

大文字の歴史のエキサイティングな語り口

 マルクス主義的な発展段階説をちゃらにした上での大文字の歴史の語り方を大胆に語る本。大胆さが売りの本なので、いろいろと面白いことを言い切っており、刺激になったことはたしか。特にモンゴルに関する記述が面白く、モンゴル史に俄然興味が湧いてきた。

 が。国民国家を論じるにあたって、「国語」が人工的に作り出されたもので、それの限界が露呈しているという主張に関連して、まずフランス語について論じた後に、次のように述べる(214ページ)。

ドイツ語も同じだ。われわれが学校で習うようなドイツ語を、生まれながらに話すドイツ人はいない。大学で教育を受けた人たちが、公式の演説をするときには、われわれが知っているような、ゲーテやシラーのドイツ語で話すけれども、それは自然なことばではない。ふつうのドイツ人が、お役所に行って届けを出すときには、代書屋に頼んで、自分の書きたいことを、お役所ことばに翻訳してもらわなければならない。日常語と公用語は、語彙も文法も、極端に違う。国語は、そういうふうに、一般の国民にとって、たいへん扱いにくいものなのだ。

 これはいったいどう理解すればいいのだろう。日本語に置き換えて、公式の演説をするときに「おんもにでるとぶーぶーがこわいよ」というような言葉を使う人はいない、ということだろうか。役所に提出する文書に大阪弁を使う人はいない、という話をしているのか。訴訟を起こすときの書類は弁護士に書いてもらうのが普通だ、という話をしているのか。そうではないと信じたいが、他の部分でもこういうレベルの議論をしているのだとしたらちょっとやばい。

2001/6/28

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