痴漢犯人生産システム

サラリーマン鈴木はいかに奮闘したか

鈴木健夫 / 太田出版 / 2001/07/26

★★★★

悲惨な体験の書

 痴漢に間違えられた人の手記。『でっちあげ』は不起訴に終わったケースだったが、こちらは簡裁で有罪判決を受け、高裁で無罪判決が出てそれが確定したとはいうものの、その過程で10日間以上も留置場に入れられ、会社を辞めさせられるという悲惨な目にあっている。その冤罪被害者による手記と、担当弁護士による解説、そして判決文から構成されている。

 『でっちあげ』の著者には、自分が陥った状況を冷静に分析して記述するだけの余裕が見えたけれども、こちらはごく普通のサラリーマンが一審で有罪判決を受け、職を失うという極限状況をかいくぐってきただけあって、感情的な描写が多い。そうなるのも無理はなく、特に一審の判決文には背筋が寒くなってくる。

 なお、担当弁護士の解説で、ひとつ重要なことを知ったのでメモしておく。それは、痴漢の疑いをかけられたときに、「ここではなんだから、駅の事務室に行きましょう」といわれても行くべきではない、ということだ。多くの痴漢冤罪被害者(当人の申告による)が、「話せばわかる」と思い、自ら先に立って事務室に向かっているという。しかし冷静に考えれば、駅の事務室は決して話し合いをする場所ではなく、警官が到着するまで当人を拘束しておく場所なのである。ここから始まる流れを、担当弁護士は「有罪行きベルトコンベア」と呼んでいる(162ページ)。

 問題は、痴漢の被害者が痴漢行為者を電車の中やプラットフォームで名指ししたときに、私人逮捕が行われたと(遡及的に)解釈しうるという点にある。駅の事務室に警官が到着し、被害者から話を聞くうちに当人が誤解だったと認めれば、容疑者はたぶん「ご苦労様でした」などと言われて解放される。しかしそうならなかった場合には、被害者が名指しした時点で私人逮捕が行われたと解釈して、警官は逮捕状なしに身柄を拘束できるのである。このケースでは、著者は任意同行だと言われて警察署に行ったが、そのまま勾留されてしまった。そして手続き上は、プラットフォームで痴漢の被害者から名指しされた時点で、私人による準現行犯逮捕が行われたということになった。

 要するに、いったん駅の事務室に行ってしまうと、そこにやってきた警察官の思惑だけで身柄を拘束されかねないグレーな立場に置かれるのである。日本の警察の手続きの全体的な杜撰さを考えれば、これはマイナーな論点に思えるかもしれないが、警察官に相対したときの心構えがしっかりしていても(任意での同行はしない、逮捕されたら黙秘する、など)、駅の事務室がすでに「有罪行きベルトコンベア」の入り口だというのは盲点なのではないかと思う。ちなみに本書では、そういう場合にはとにかく立ち去ることを勧めている。追いかけられて組みひしがれるというような状況を作り出さないように、すっと逃げ出すのが一番いいのだろうと思われる。

2001/7/5

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