登山の誕生

人はなぜ山に登るようになったのか

小泉武栄 / 中央公論新社 / 2001/06/25

★★★★

着眼点の面白い登山の歴史

 著者は山に関連する自然についての本を多く書いている「自然地理学」を専門とする自然科学者だが、本書は登山にまつわる歴史社会学/科学史みたいな内容。

 帯の紹介文をもとに簡単にまとめると。中世ヨーロッパにおいて、山は悪魔の住処として嫌われていた。人々が好奇心から山に登り始めるのはルネサンスにおいてだが、ドイツなどの地域では宗教改革を待たなくてはならなかった。そして近代の科学革命によって、博物学への関心によって駆動された登山が始まる。一方、日本人にとっては、山は聖地であり、信仰にもとづく登山は古くから行われていたものの、近代的な登山は明治末期にヨーロッパから輸入されたものである。

 このように、近代的登山の発祥よりも遡って、人々が山をどのように見ていたかということを論じる興味深い内容の本だ。特に日本における登山の歴史については、縄文人の遺物まで遡り、農耕生活に入って低地に定住するようになった人々が山を信仰の対象とするという経緯を説き、万葉集に出てくる山への言及を紹介するというようなことをやっている。また、日本における近代的登山前夜の部分についても詳しい解説がある。近代の地図作成/測量の歴史の1エピソードとして面白い。

 近代以前を歴史社会学の視点で描き、近代以降については自然科学者としてのアドバンテージを活かして科学史的な視点で描くという巧妙な構成である。新書のサイズに収めるために原稿をかなり割愛したとあるが、この手の本は資料が詰まっていればいるほど価値があるわけなので、ありったけの材料を収めた本をぜひ出版してもらいたいものだ。「おわりに」に書かれているいくつかの言い訳は、既存の登山関係の本と読者のポピュレーションを考慮してのものだろうが、本書に提示されている枠組みの延長線でこれまでとは違う読者ベースを獲得できるんじゃないかと思う。

2001/7/5

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