プロになるための文章術

なぜ没なのか

ノア・リュークマン / 河出書房新社 / 2001/06/30

★★★★

面白いのだが、日本で役に立つかどうかは疑問

 著者はアメリカのリテラリー・エージェント。ボツになる原稿は最初の5ページを読めばわかる、というよりも、新人の原稿のスクリーニングはそのようにして行われるということから、とりあえずその関門を突破するための文章改善法を説く。主に長篇のフィクションが対象。著者はいわば「小説の王道」を行っており、ミニマリズムとか文体実験を嫌い、ごく普通の文章を書くことを勧める。まあ「新人」を対象とする助言としては、それ以外にはありえないだろう。

 とうぜんながら英語の文章作法なので、日本人に役立つかどうかは難しいところ。英語と日本語は、言葉として違うだけでなく、それを使って作られる文章の理想的なあり方も異なる。しかしその問題とは別に、現在の日本の小説は、本書で説かれているような王道とは違った方向に走っているというのが私の漠然とした印象である。本書で取り上げられているごく基本的なルールを守っていないものが少なくなく、書店で立ち読みをしても、最初の5ページどころか1ページも読めないものによくぶちあたる。しかも、それらは日本の市場でふつうに受け入れられているようなのである。そういうわけで、個人的には本書に書かれているような王道のテクニックには共感するのだが、現代の日本のフィクションは違った原理で動いているようなので、同じテクニックは通用しないかもしれない。

 似たようなことが映像メディアについても言える。私はだいたい日本製のTVドラマを1分も続けて見られない。あれでOKだとされていること自体が信じられないのだが、それ以上に不思議なのは、日本においてハリウッド映画がよく見られていることだ。たとえば『タイタニック』を見て楽しむ人が、日本製TVドラマを見て楽しめるとしたら、そこでは本書に書かれているような作法に対するものとは別の感受性が強く働いているのだと思う。

 念のために書いておくが、これは別に作品の内容についての深遠な話をしているわけではなく、その内容を判断できるぐらいまで鑑賞しつづけられるか、という生理的なレベルの問題である。本書は、原稿の選別をするリテラリー・エージェントが、生理的に5ページ以降も読み続けられるような文章とはいかなるものかを解説しているわけだけれども、おそらく日本の編集者も消費者も、その生理のあり方が本書のような王道からずれているのである。まったく重ならないわけではないだろうが、優先順位が違うとでも表現するべきか。

2001/7/19

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