ニッポンのコメ

崩壊に向かう複雑なその仕組み

大泉一貫 / 朝日新聞社 / 2001/07/25

★★★★

日本の米政策の解説

 著者は農業経済学を専門とする学者。日本の米政策の現在にいたるまでの経緯を解説し、ここ数年の新しい流れを紹介する本である。1942年に制定された食糧管理法が1995年に廃止されて食糧法となったが、官僚による統制の要素を残しながらの中途半端な改革だったため、川下から市場経済が逆流してきて、現状は複雑怪奇なものとなっている。したがってその解説も複雑なものにならざるをえないが、構成をもうちょっと工夫すれば論点ももう少し明解になっていたものと思われる。全体として同じトピックが何度も脈絡なく出てきて読みにくい。

 ただ、話は興味深い。この著者の面白いところは、こういった複雑な仕組みに農業経営者がどのように対応していくかという視点がところどころに入ってくる点にある。そのような視点に正面から取り組んでいるのが最後の2章で、農業以外のビジネスに従事している人(要するに日本人の大部分)にとって理解しやすい内容になっている。

 一番興味深かったのは、第五章「生産調整の時代の終わり」。これはトリッキーなタイトルで、「生産調整の終わり」ではなく、「生産調整という観念が共有されていた時代の終わり」という意味である。生産調整は、集落単位で農業経営者をグループ化し、その間での人間関係を利用して生産量をコントロールするという仕組みだったが、これを支えていた要素の1つに、いつかはまた米を作れるようになるという期待があったとする。このようなあり方を著者は「淡い期待と忍耐の相互強要」と呼んでいる。このような呪縛が2000年になって急にとけはじめたのだが、その原因は1999年7月の「水田を中心とした土地利用型農業の活性化の基本方向」で、政府が水田の畑作利用をいっそう推進し、生産調整を進めるという政策を打ち出したのを見て、食糧法によって弱体化していた農業経営者の「淡い期待」が決定的に打ち砕かれたという。

 米政策に限らず、90年代の日本はさまざまな戦後的体制が組み替えられた時期として振り返られることになるだろうが、その転換期にあって、人は急に変わることはできず、キュープラー・ロスの、人が死を受容するときのプロセスに似た「徐々に諦めていくプロセス」が必要なのである、と最近よく思う。おそらくいまは激動の時代なのだけれども、その時代を生きている人にとって、変化はこれほどまでに緩慢なのだなあ、ということだ。

2001/8/12

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