どうちがうの? 新しい歴史教科書vsいままでの歴史教科書

夏目書房編 / 夏目書房 / 2001/07/25

★★★

興味深い企画ではあるが

 「新しい歴史教科書をつくる会」の『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』が、他の教科書とどのように違うかを分析する本。「新しい教科書」の出版後、それを批判する本が数冊出ているが、いずれも立ち読みをするだけで買うにはいたらなかった。その中で、「中立的な立場」から教科書間の比較を行うという本書の企画には読書意欲をそそられたということである。

 細かいトピックごとに記述の違いを示し、どちらが優れているかを評価している。中学生用の教科書を読み比べるなんてことをする気がない私のような一般人にとって、記述の違いを示しているところは非常に有用だが、その分析と評価については書き手のアカウンタビリティがないせいで役に立たない。本書の表紙には何人かの著作家の名前が載っているが、この人々は短いエッセイを寄せているだけで、本文は出版元の夏目書房の編集部と数人のフリーライターの手で書かれている。この人たちに、中学生用の歴史教科書と公民教科書はどうあるべきかといった一貫したビジョンがないため、分析と評価の視軸が定まらないのである。もちろん私にもそんなビジョンはないので、そのことについて文句は言えないのだが、そのせいで分析と評価が役に立たなくなっていることはたしかだ。

 エッセイを寄せているのは大月隆寛、副島高彦、高田明典、高橋順一、西岡昌紀、橋爪大三郎、日垣隆、宮崎学だが、とりたてて見るべきものはない。かろうじて、「新しい歴史教科書をつくる会」との因縁があった大月隆寛が暴露話っぽいことをしていることが目を惹くが、下品である。

 これらの教科書への反響についての個人的な意見。「新しい歴史教科書」にどのような間違いが含まれているか、といった議論にはあまり興味をひかれない。明らかな事実誤認は修正すればいいわけで、批判者たちが鬼の首をとったように間違いを指摘して喜んでいる様子はどうも理解しかねるのである(文部科学省が独占してきた教科書の校正プロセスのオープン化という点では喜ばしいことなのだけれども)。たしかにバージョンを固定して一斉に大量の部数を刷るという教科書の特性が、他のテキストよりも厳しい条件を課しているのは間違いないのだが、近未来においては中央のサーバーでテキストを随時アップデートしてそれを端末に配信するというモデルが当たり前になることを思うと、後ろ向きの議論のように思える。古いバージョンで勉強した人が受験で不利になる、なんてのはどうでもいいことで、同一世代の学習者たち全員がまったく同じことを学ばなくてはならないという固定観念の方を見直した方がよいだろう。現実問題として、教師と教室が媒介となる以上、そんなことは不可能なのだし。

 事実誤認以外のイデオロギーの面での批判については、妥当なものもそうでないものもあるだろう。ただ、中学生が学校で与えられる教科書のみを使って歴史を学ぶ、というようなパターナリズム的な前提をする議論だけは勘弁してもらいたい。それは、教科書を通して国民の誇りを再生する、というような「つくる会」と同じ水準の議論である。

 個人的には、歴史教科書よりも公民教科書の方にずっと興味がある。中学生の段階で「歴史」なんて教えるのをやめて、いまの「公民」の分野で扱われているようなトピックから遡って歴史に触れる、という仕組みの方が絶対に効率が高いと思うのだが、ここのところはやはり文部科学省のコントロールが強く効いていて、「新しい教科書」もそこからは逸脱していない(というよりも、「新しい教科書」が既存の仕組みにぴったりと適合していたことが、一連の騒動の中で最大の意味を持っている)。この読書メモで取り上げた、中学生のための公民分野の副読本として適していそうな本としては、『デモクラシーの論じ方』『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』などが思いつく(歴史分野だが『謎とき日本近現代史』も野心的だった)。もちろんこれらの本も、ベースラインとなる「教科書」があって初めて活きるわけなんだが。

 そういうわけで、やはり今回の教科書問題は利権の問題である。大月隆寛は次のように表現している(198ページ)。

だって、言論だの思想だのの舞台とは別に、教科書と学校をめぐる商売の構造から言えば、市場寡占状態の大企業に対してそこらの商店街のオヤジが集まってこさえた手作り商品でケンカ売ったようなもんなんだもん。初手から勝ち目はなし。検定を通すことは何とかできても、採択戦を実際にやるなんてこと、当初は誰もが絶対にムリだろう、って思ってたくらいだもん。それがここまで世間も含めて空気が変わってきたってことは、やはり「つくる会」の功績ってやつはその点、認めざるを得ないんでないの?

2001/8/12

TRCの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ