ファストフードが世界を食いつくす

Fast Food Nation

エリック・シュローサー / 草思社 / 2001/08/14

★★★★★

しっかりとしたルポルタージュ

 著者は新聞記者で、本書は初めての著作とのこと。本書は、ファスト・フード業界がアメリカの社会構造にもたらしている変化を、幅広い視点から紹介するルポルタージュ。基本的には、昔懐かしいという感じの民主党リベラルの態度で、これまで「ニューエコノミー」という言葉に絡めてポジティブに理解されることの多かった概念や現象に批判的な目を向ける。その萌芽は前からあったけど、レーガンが決定的に事態を悪くし、クリントン政権でいくぶんマシになったが、後期には再び悪化したという歴史観である。

 出版業界では草思社の翻訳本のタイトルの付け方に対する称賛の声がよくあがるようだけど、「邦題考」で扱っているような映画のバカ邦題と同じレベルのものが多いように思う。特に本書のようなまっとうなルポルタージュに、このような扇情的な邦題が付けられているのはまことに残念だ。原題の"Fast Food Nation"はアメリカという国のことを指しており、邦題にはずいぶんとズレがある。

 上に「昔懐かしいという感じの民主党リベラル」と書いたが、本書では20世紀初頭のアメリカに大きなインパクトを与えたアプトン・シンクレアの『ジャングル』が何度か言及されている(私自身は読んでいないけど)。ちょっと先走りすぎかもしれないが、エンゲルスの『イギリスにおける労働者階級の状態』とかこの『ジャングル』に並び称されるような名著になる可能性も無きにしもあらずと思わせる力作だった。ぜひ一読することをお勧めする。

 関連のありそうな本を紹介しておく。食品の製造過程における汚染については、『食品汚染がヒトを襲う』が面白い。また、関心領域が少しずれるものの(部落差別がテーマ)『ドキュメント 屠場』は日本における家畜の屠殺を論じている。この話は狂牛病関連(『死の病原体プリオン』)でもホットになりそうだ(屠殺のやり方によっては、プリオンが精肉にも付着する)。ファスト・フードが社会に与える影響について論じた本としては『マクドナルド化する社会』が有名だが、本書と比べると、あれがいかに薄っぺらい内容だったかがよくわかる。なお、この読書メモでは取り上げていないけれども、ハルバースタムの『フィフティーズ』は、現在につながる「ファスト・フード的」な現象の基盤が1950年代にできあがったことをくっきりと浮かび上がらせる名著である。この論点は本書の1章および2章と関連していて、ハイウェイの整備と郊外住宅地の発展がファスト・フードとドライブスルーの基盤を形作ったということと関係してくる。もちろんマクドナルドなどのファスト・フードのチェーンそのものについての論考もある。

 ニュー・エコノミーを労働条件という観点から批判する本としては『それでも新資本主義についていくか』が面白い。ただしこの本は、ニュー・エコノミーにおいて有利だとされていたナレッジ・ワーカーで「さえ」も、ニュー・エコノミー下では不幸になるという議論が中心であった。本書のように、低賃金労働者の状況を正面から取り扱ったノンフィクションは実はあまり見ないような気がする。それがまた「昔懐かしい」印象を与える理由でもある。なお、本書を読んでいて「アッ」と思ったのは、ハイスクールの時点でのファスト・フード店でのパートタイム・ジョブが、ニュー・エコノミーの基盤の1つとなった「気楽に転職をする態度」を形作っているという論点。従来からの日本人論の1つのパターンとして、「日本の子供は親の経済力に依存して大学に行くけれども、アメリカの子供はちゃんと自分でアルバイトをする。独立心があって偉い」というものがあったけれども、本書はそのようなアメリカのあり方に、低賃金労働者を確保するためのファスト・フード・チェーンの陰謀を嗅ぎ取っている。考えてみると、アメリカの50年代あたりの映画やTVシリーズには、パートタイム・ジョブに従事する高校生ってのはほとんど出てこないように思う。出てくるとすれば、それはその人の家庭が貧乏であることの象徴として。つまり、上記のような日本人論をやっていた人は、ファスト・フード・チェーンの陰謀が始まった1960〜70年代頃のアメリカを基準としていた可能性がある。私は似たような胡散臭さをパラサイト・シングルという概念にも感じている(『パラサイト・シングルの時代』)。なお、現代的な(労働)倫理の内面化については、ちょっと取り組みが浅いけれども『自己コントロールの檻』が参考になる。

 このように、連想があちこちに拡がるのは良書の特徴であるけれども、本書の迫力はやはり細かい事実関係にある。1990年代には経済成長に伴う楽観的な姿勢のせいでポジティブに解釈されがちだったさまざまな現象について、そのネガティブな側面の現実をこれでもかと言わんばかりに提示していく書き方で、「立場に応じてどうにでも付けられる理屈」に対抗するというジャーナリズムの王道と言うべきだ。今後、アメリカ経済が失速していく中で、今度はこのネガティブな論調が主流になっていくと思われる。このようなことをわざわざ書くのは、ほんの数年前までは「ニュー・エコノミー万歳」の声が圧倒的で、本書のたとえば低賃金労働者に関する部分などは、「自助努力が足りない」で片づけられていただろう、ということを記憶に留めておくためである。

2001/9/30

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