白亜紀に夜がくる

恐竜の絶滅と現代地質学

Night Comes to the Cretaceous

ジェームズ・ローレンス・パウエル / 青土社 / 2001/08/30

★★★★

興味深い

 著者は地質学者。本書は、恐竜絶滅の原因が天体の衝突によって引き起こされたというK-T絶滅仮説を巡る論争の一般読者向けの紹介本である。著者は完全に、この仮説を支持する立場に立っている。一方、『大絶滅』という本では、1990年代後半にこの仮説は無効になっており、大絶滅は地球そのものの地球物理学的な変動によって引き起こされたというコンセンサスができあがっていると主張されている。現時点では、K-T境界の時期に天体が地球に衝突して大変なことになったということは疑う余地がないが、それが即座に恐竜を初めとする多くの種を絶滅させたかという点では、人によって、また分野によって、微妙な意見の違いがあるということだと思われる。

 その意味では、本書と『大絶滅』の両方が、自分の信じる立場を一方的に主張する本であり、どちらも反対側の意見を十分に配慮した書き方にはなっていないという欠点を持っている(『哲学人』のポパーに関する引用文を見よ)。もちろん科学は、一方的な主張の間の競争によって前進するのである。

 『大絶滅』の項やその他の項で何度か述べてきたことだが、恐竜絶滅の天体衝突仮説は、私が物心ついた後にリアルタイムに進行した真の「パラダイム・シフト」の1つだった(もう1つの顕著な例は人間への進化論の適用と、それに伴う人間の精神的性質の生物学的基盤に関するもの。『パラサイト・レックス』の項などを参照)。本書は、この天体衝突仮説の普及を真のパラダイム・シフトとして捉え、その観点から一連の事実を再構成している本で、科学史というジャンルの中での啓蒙書として優れている。仮にこの先、地球に衝突した天体が、恐竜を初めとする多くの種を即座には絶滅させなかったという結論が出たとしても、天体衝突仮説の地質学的な斉一説を覆したという功績は揺るがないだろう。この影響は他のさまざまな分野にも波及しており、その効果の1つとしてグールドが元気になった(『干し草のなかの恐竜』)ということだけでなく、生物の進化についてわれわれが抱くイメージのいくつかが根本的に変わったということが重要である。少なくとも私の中では、分子レベルでの中立的進化、ネオ・ダーウィニズム的な漸進的進化、そして断続平衡説的なカタストロフィックな進化の各ビジョンが、そこそこ整合性を持って並立するようになった。それ以前は、これらは並立するんだろうけれども、どうすれば並立するのかがよく分からない、という曖昧な印象を持っていたように思う。

 75ページから始まる、地質学において斉一説という形而上学的な観念がなぜ強固な地位を保っていたのか、という点に関する考察は興味深い。

 上で述べたように、記述が一方的であるという点を除けば、本書は天体衝突仮説を巡る論争のレビューとして非常に面白く、また「科学史・科学哲学」のジャンルでの啓蒙書、パラダイム・シフトのケース・スタディとして非常に優れている良書である。翻訳にちょっと難があるが、内容がそれを十分にオフセットしている。

 なお、「パラダイム・シフト」一般について、覚え書きということで。友人との話の中で、まあパラダイム・シフトという言葉を巡るさまざまな論争はともかく、この言葉をごく素朴に理解したときのその仕組みは、科学者にとっては当たり前の日常的なことであり、わざわざそんな名前を付ける意味なんてないんじゃないか、という指摘が出てきた。私の答えは、それはそのとおりなのだが、「パラダイム」および「パラダイム・シフト」という言葉が一般に流布したことの真の功績は、そのような科学の仕組みが科学者コミュニティの外にも認知され、そのような科学のあり方を表現する言葉ができたことにある、というものだった。本書の著者も使っているアナロジーだが、科学という営みは、ネオ・ダーウィニズム的な漸進的進化と、断続平衡的な(あるいは天体衝突による大絶滅仮説のような)カタストロフィックな進化を通して進行している。そして自然選択に該当するメカニズムは、論文の数と引用頻度、コミュニティ内での地位、研究費の配分のされ方などである。ところで科学者はコミュニティ外の人々からこの仕組みを隠蔽する傾向があるのだが、それを白日のもとにさらしたのが「パラダイム」とか「研究プログラム」などの言葉の功績である。

 というのが昔の私の考えだったのだが、ここ10年ほどはちょっと新しいことが起こっているんではないかと思えてきた。具体的には「IT」と「バイオ」の言葉に象徴される、マーケット指向の科学技術の急速な進歩が、科学者コミュニティの外にいる人々の目に見えやすくなっているということだ。これ以前にも似たようなことは何度かあったと思われるが、ここ10年ほどの状況は前代未聞なのではないかと思われる。もちろんこれらの変化は「技術の進歩」といった性質が強く、「科学の進歩」とはニュアンスが違うのだけれども、科学技術の趨勢の変化が国家予算とかコンシューマ・マーケットとかビジネスのビジョンの影響を強く受けるということが見えやすくなったのではなかろうか。特にITはコンシューマ・マーケットと強く結び付いているため、宇宙開発とか原子力発電などの巨大科学技術とはずいぶんと違う印象があるように思われる。

2001/10/7

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