挿絵画家の時代

ヴィクトリア朝の出版文化

清水一嘉 / 大修館書店 / 2001/07/01

★★★★★

魅力的な本

 著者は近代英国の出版文化に関する著書が多い人。本書はディケンズ(小説家)とクルックシャンク(挿絵画家)の2人の人物を中心に、19世紀英国の出版事情を、小説本文とその挿絵の関係から描くという趣向の本である。おっそろしく豊富な手持ち材料から、一般読者にも楽しめそうなトピックを選んでみましたという余裕が感じられる、懐の深い本。

 中心に据えられているテーマは、小説と挿絵の力関係である。写真が登場する前の印刷物の時代には、版画が現在の写真の代わりの位置を占めていた。特に、現代の写真が担っているジャーナリスティックな役割も版画が担っており、現在の写真誌に相当するような、絵が中心で、テキストが添え物になっているというタイプの出版物が存在していた。その中で、チャールズ・ディケンズが、テキストが中心で、絵が添え物になっているというタイプの出版物を確立した人物として描かれる。もちろんディケンズがそういうスタイルの創始者というわけではないのだけれども、彼個人が世に出て行くにあたり、添え物として扱われがちなテキストをメインにすべく、戦略的なアプローチをとらざるをえなかったという事情が解説される。具体的には、『ボズの素描集』と『オリヴァー・トゥイスト』に挿絵を提供しているジョージ・クルックシャンクなどのビッグ・ネームを避けて、ハブロット・K・ブラウン(フィズ)のような格下の画家を使うという方法である。

 版画の分野に目を向けると、この時期はエッチングから小口木版への移行という技術面での変化と、(ちょっと遅れるが)滑稽画/風刺画からラファエル前派/リアリズムへの移行という絵画手法の面での変化が起こった時代に対応している。著者の興味は挿絵、特にクルックシャンク本人にあるようで、彼がこれらの変化にどう対応したかという話は非常に面白そうなのだが、別の本が書かれるのを待たなくてはならないようだ。

 個人のエピソードに焦点を当てて書かれた本で、当時の出版事情全体を見渡す視点はあまりない。しかしそのせいで、登場人物たちが生き生きと描かれている好ましい本だった。

 『オペラハウスは狂気の館』は、19世紀のヨーロッパ大陸におけるオペラの事情を包括的に論じている本だが、オペラの作曲家と台本作家について、似たような緊張関係を論じている部分がある。その他、私は詳しくないが、日本のコミックにおける漫画家と原作者の関係も連想できるだろう。

2001/11/4

TRCの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ