日本語の値段

井上史雄 / 大修館書店 / 2000/10/01

★★★

興味深いが

 著者が提唱する「経済言語学」なるもののアイデアのスケッチ集のようなもの。日本語全体を外国語と対比して論じる部分は『日本語は生き残れるか』のサブセットであり、日本語の中での方言を扱う部分は『日本語ウォッチング』のサブセットであると考えてよい。上記の2冊を先に読むことをお勧めする。

 ただ、アイデアそのものは非常に面白い。すべての言語は対等であるという、文化相対主義的な言語学のテーゼを否定するという態度は、たとえば『ことばの歴史』でも強く押し出されているが、本書の著者はそこから一歩進んで、各言語がどのように対等でないかを示す具体的な経済的指標を集めようとする。たとえば言語学校の数の変遷とか、辞書の値段など。

 一方、日本語の中での各種のバリエーション(方言、敬語など)の価値を論じるところは、著者は明確には述べていないけれども、言葉遣いに関するある種の態度への強力な反論になっていると思われる。その態度とは、倫理とか美学などである。言葉に関する言説では、特定の言葉遣いの「正しさ」とか「美しさ」についての論が幅をきかせることが多い。たとえば、敬語を正しく使わないのは社会人として正しくない、ら抜き言葉は美しくない、など。こうした言説に対して直接に反論することはもちろん可能だが、著者のアプローチでは、それとはまったく違ったところに軸を立てて、これらの現象を論じることができる。

 なお、敬語に関連して、個人的に印象が深かった状況について書いておく。もう10年ぐらい前になるか、安い回転寿司屋に入ったときのこと。カウンター内には、歳をくったオッサンと若者の2人がいた。そしてその若者は、客である私に対して敬語を使わず、自分の雇い主である(と思われる)オッサンには敬語を使った。これは論理的な敬語の使い方であると感心したものだった。日本語の中で敬語が完全に消える日は来ないかもしれないけれども、このような形で残ってしまうという可能性はゼロではない。

2001/11/11

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