誰がこの国の英語をダメにしたか

澤井繁男 / 日本放送協会出版 / 2001/12/10

★★★

共感する部分もあるが

 ついにNHKまでもが、「生活人新書」という凄いシリーズ名で新書ビジネスに参入した。本書の著者は駿台予備校の英語講師で、イタリア・ルネサンス文化研究家。英語教育についていろんなことを言っている。ちなみに『駿台式! 本当の勉強力』『謎とき日本近現代史』は駿台予備校の人、『悪問だらけの大学入試』は河合塾の人が書いた本だった。

 タイトルが示すように、英語教育の現状と、最近の学生の学力低下を嘆く本である。タイトルの答えがよくわからなかった『東大生はバカになったか』とは異なり、本書のタイトルに対する著者の答えは「共通一次試験」である(と思う)。使われる論理は、「選択式の試験が学生から物を考える力を奪う」という標準的なもの。1954年生まれの著者は共通一次試験を受けなかった世代であり、「はるか昔も、俺が大学生だったときも、俺以外のやつらはバカだった」と言う立花隆とは違って、はっきりと「俺の数年後のやつらからバカになった」と言っている。もちろん、その後も「ゆとり教育」のせいでどんどんバカになっているのだが、注目すべきなのはバカが教師になって(あるいは教師がバカになって)一層事態が悪化するというメカニズムを視野に入れていることだ。なお私はポスト=共通一次試験の世代に属するので、バカの方に入る。

 『日本人はなぜ英語ができないか』に肯定的に言及し、英語公用化論(『あえて英語公用語論』など)に対して批判的。平泉渉と渡部昇一の『英語教育大論争』(1975)への言及があり、渡部側の立場(読解重視)をとっている。ちなみにこの『英語教育大論争』は、私がいままで読んだ渡部昇一の本の中で唯一、この人が正しい立場に立って正しいことを言っているように思えた本だった。

 話題は広く、記述にはあまりまとまりがないのでお勧めできないが、考えるヒントになりそうなことはあちこちにある。特に著者が大学の教員でないことは(著者自らが述べるように)、この手の問題を論じるときには大きなアドバンテージである。

 個人的には、著者と渡部昇一の「読解重視」の立場に共感する(すべての論点に賛成しているわけではないが)。自分の言葉を使って言えば次のようになる。高校までの英語教育は「日本語のトレーニング」と捉えた方がよい。「国語」の授業が文芸指向になっている状況下で、英語の授業が日本語のトレーニングの大きな部分を引き受けている。「国語」の授業が日本語のトレーニングとしての力を増強すれば、英語の授業では日本語のトレーニングの要素の比重を落としてもよいかもしれない。ただその場合でも、次の2つの機能は依然として重要である。(1) 日本語以外の言語の仕組みを学ぶことを通して、日本語の仕組みについての理解を深める。(2) 日本語には西洋語からの翻訳語と輸入語が非常に多いから、英語(またはその他の西洋語)の学習は日本語を使う上で直接に役立つ。

2001/12/16

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