死者として残されて

エヴェレスト零下51度からの生還

Left for Dead

ベック・ウェザーズ、ステファン・ミショー / 光文社 / 2001/12/20

★★★

ちょっと困る

 著者のベック・ウェザーズは、1996年のエヴェレストにおける大量遭難事故から奇跡の生還を果たした男。捜索隊は、難波康子とともに横たわっていた著者を発見したが、氷に覆われた状態だったので助からないと思ってそのまま放置した。ところが著者はその後ずいぶん経ってから、自力でキャンプに戻ることに成功する。戻ったとはいえ、低体温症になってしまった人間はどのみち死ぬので、キャンプの人々は彼を一晩テントの中に放置して死ぬに任せた。しかし一夜明けてみると、彼は起き上がって出発の準備をしていた、という次第。

 この遭難事故に関しては、ジョン・クラカワーの『空へ』が有名だが、これを読んだ後には必ずアナトリ・ブクレーエフの『デス・ゾーン8848M』を読むことをお勧めする。1つの事件に立ち会った複数の人々が異なる見解を持つというケースの一例として興味深い。少なくとも、『空へ』を書いたクラカワーが多くの人から批判されているという事情を知っておくことは重要である。

 事故の内容については上記の2項を参照のこと。このとき、エヴェレストには2つの営業遠征隊がアタックしていた。ジョン・クラカワーはホール隊にレポーターとして参加した人物。アナトリ・ブクレーエフはもう一方のフィッシャー隊のガイド。本書の著者のベック・ウェザーズは、ホール隊に純然たる顧客として参加したアマチュア・クライマーで、この事故の重要な特性の1つが営業遠征隊という登山形式にあったことを考えれば、この人による報告は大きな意味を持つ、はずである。

 しかし残念なことに、遭難事故についての記述はないわけではないものの、本の大部分は自分の人生と、その中での結婚の危機についてのプライベートな話題で占められている。本書は「あの事故によって私は生まれ変わった」という告白と懺悔の書であり、読むのはかなりしんどい。ただ、「営業遠征隊に参加してエヴェレスト登頂を目指すのは、どんな人なのか」という疑問への1つの回答は得られる。もちろん本人は「生まれ変わった」ので、登山に熱中していた時期の自分に対する視線にはかなりバイアスがかかっているだろうけれども、肯定的に語られがちな「山男」に対する批判的な視線は珍しく、貴重である。

 なお、遭難事故から生還した者が書いたセンチメンタルな手記として圧倒的に迫力があったのは阿部幹雄の『生と死のミニャ・コンガ』

2001/12/21

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