歴史を変えた気候大変動

The Little Ice Age: How Climate Made History 1300-1850

ブライアン・フェイガン / 河出書房新社 / 2001/12/30

★★★★

実に興味深い

 著者は考古学者。原題が示すように、小氷期(1300年〜1850年頃)の大きな気候変動が人間の歴史に与えた影響を論じている。

 私自身はあまり詳しくないのだが、どうやら気候が歴史に与える影響を重視する「気候決定論」"climatic determinism"は、一時期ポピュラーだった反動で、メインストリームの歴史学者の間ではあまり人気がないようなのである。少なくともこの言葉は否定的な意味合いを込めて使われることが多いようだ(「それは気候決定論だ」は悪口となる)。推察するに、「社会ダーウィニズム」とよく似たニュアンスなんじゃないかと思う。それがポピュラーだった時期(おそらく20世紀初頭)も同じかもしれない。本書はそのような風潮の学界に、考古学という別のフィールドの学者がおそるおそる一石を投じたという感じの本。

 われわれが歴史の教科書でよく知っているさまざまな出来事(英国のエクロージャー、アメリカ大陸の発見、フランスの市民革命、アイルランドのじゃがいも飢饉など)が、あまり知られていない出来事とともに、この時期の気候変動の結果、とは言わないまでも、影響を受けて起こった事件として描かれる。個々の事例を扱った研究や著作では、その背景事情として気候が言及されることがあっても、本書のように長い期間にわたって気候という視点から諸事件を並べて見るという試みはたぶん珍しいだろう。非常にエキサイティングな読み物だった。

 これは私だけなのかもしれないけれども。思うに、われわれは(というか私は)、たとえば古代エジプト文明が気候変動のために崩壊した、あるいは縄文人の食生活が気候変動のために変わったということは容易に受け入れる。また、今年の夏は去年よりも暑かった、今年の冬の雪はここ10年来の大雪だった、というような感想は抱く。しかし、自分のライフスパンぐらいから数百年ぐらいまでの規模での気候変動については、あまり深く考えず、なんとなく自分が経験した範囲での変動が、長期にわたって繰り返して起こったと思っているのではなかろうか。なぜこうなるのかはそれ自体興味深い話なのだけれども、少なくとも私はそうなので(というか、そうであることを意識しているので)、本書で扱われているスパン、つまりヨーロッパの中世〜近代というスパンでの気候の話はとても面白く感じた。

 残念なことに、本書は主にヨーロッパでの出来事と気候を扱っており、アメリカ大陸についての言及はあるものの、ユーラシア大陸の東側についての言及はまったくない。たとえば昨今の「江戸時代の見直し」論では、暗黒の封建制社会という江戸時代観の中で、いくどもの飢饉が当時の社会の不具合を示すものとして解釈されていたのに対し、同時期のヨーロッパで起こった飢饉を示して、日本の社会は相対的にはうまくやっていたと論じたりしている。アジア人/日本人としては、そのようなグローバルな視点がないのが少々不満ではあった。

 もう1つ思ったのは、本書の記述が、どちらかといえば、メインストリームの歴史学における重大トピックに気候変動を関連付けて論じるというスタンスになっていることの本質的な問題点である。かなり偏見が入るけれども、「歴史学における重大トピック」はかなり恣意的なものであるのに対し、気候変動自体は客観的な現象であるから、(1) 「歴史学における重大トピック」は必ずしも気候変動によって説明しなくてもよい、(2) 重大な気候変動が必ずしも「歴史学における重大トピック」を引き起こさなくてもよい、ということが言える。これはまさに「気候決定論ではない」と同じことを言ってるのだけれども、私は歴史学者とは反対の陣営から、「気候決定論で扱えないものは扱わなくてもいい」という気候決定論的歴史があってもいいと思うので、本書のスタンスはときに中途半端に見える。もちろん本書にも気候決定論的歴史と呼んでよさそうな議論はいくつも入っているのだが、どうしても「歴史学における重大トピック」とつなげてオチにしたがっているように見える。ハードな気候決定論的歴史は農業史とか漁業史のようなジャンルにあるのかもしれない。

2002/1/15

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