日本語に主語はいらない

百年の誤謬を正す

金谷武洋 / 講談社 / 2002/01/10

★★★★

妥当性のほどはわからないが面白い

 著者はモントリオール大学で日本語を教えている人。帯から引用すると、「英文法の安易な移植により生まれた日本語文法の「主語」信仰を完璧に論破する、すべての日本語話者、必携の書」である。

 アカデミックな日本語文法が実際に日本語を教えるときに役に立たないという苦情はよく耳にするけれども、著者は引用文のような観点から、三上章の構文論をベースに日本語の主語(の不在)についての自説を述べ、日本語学習者がよく間違える「は」と「が」の使い分けや代名詞の使い方を正しく習得するための教え方を解説している。また、後ろの方では自動詞/他動詞の理解のしかたについての自説を展開している。

 アカデミックな世界では、これらのトピックについての論争とか対立が続いているようだけど、私はその事情に詳しくない。素人考えとしては、著者の言うように、英文法(というかヨーロッパの言語の文法)の影響を受けた日本語文法がおかしくなるのは当たり前であり、多くの問題は擬似問題であると思うのだが、では実際にどのような文法が適切なのかはさっぱりわからない。というわけで、本書に記されている著者の説を読むと、なるほどなあと思うしかないのである。むしろ、いまだに「日本語に主語があるかないか」という問題に論争の余地があること自体が意外だった。そんなもんです、一般人は。

 本書の興味深い点は、著者がカナダのケベック州に住んでいて、「英語中心主義」に対する普通以上の反感を持っていることが、大きな意味を持っているところである。そのため、日本語と対照される例文として、英語とフランス語の両方が使われることが多い。また、古い英文法の影響を受けた日本語文法だけでなく、生成文法も嫌いである。ただ、主語の有無みたいな根本的な文法を論じる場合は、英語もフランス語もドイツ語も同じ穴の狢というか、生成文法のカバーする範囲なので、あんまり意味がない気がする。いずれにせよ、熱くて楽しい本です。

2002/1/15

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