歴史とは何か

出来事の声、暴力の記憶

崎山政毅、田崎英明、細見和之 / 河出書房新社 / 98/04/14

★★

相対主義者のたわごと

 若手(なのか?)の人文系学者3人による座談会。帯には次のように書かれている。

「自由主義史観」論争を根底からこえるために
歴史教科書や「敗戦後論」をめぐる論戦が問うものと、阪神大震災、ペルー事件、永山則夫死刑等、アクチュアルなテーマを重ねあわせながら、この時代の暴力の行方と新しいエチカをさぐる注目の新鋭による繊細にして過激な徹底討議。

 しかし、中途半端の感じがする。たとえば加藤典洋の『敗戦後論』に収録されている「語り口の問題」で、加藤が高橋哲哉の従軍慰安婦に関する文章を批判した箇所をひいて、次のような記述がある(30ページ)。

従軍慰安婦という問題が高橋さんのああいう言い方の中で現にある語られ方をしている。別にその中から高橋哲哉さんの道徳的な意志を聞き取るのではなくて、高橋哲哉さんという媒体を通して響いている従軍慰安婦の声を聞き取っていくということのほうが大事なんじゃないか、という気がしているわけです。

 これは、出来事の証言をどう受け止めるべきかという本書で立てられている問題の1つに関わる記述であり、上記の指摘はたしかに一理あると思うのだが、しかし著者の3人が、加藤典洋の語り方を通して響いている人々の声をちゃんと聞き取っているかというと、そんなことはないように見えるのだ。座談会なんだから仕方がない? しかし私の考えでは、「自由主義史観」の問題は、それこそ諸々の主張の背後にある声の響き方にあるのだ。

 その他。永山則夫の死刑をどう理解するのかということに関して、彼が文学者だから死刑に処してはならないのか、そうでなくても死刑に処してはならないのか、という問題の結論を先延ばしにしているようにしか見えない、などなど、かなり悲惨。

1998/6/28

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