Pursuit

Pursuit

トマス・ペリー / Random House / 2001/12/18

★★★★★

トマス・ペリー復活

 トマス・ペリーの、2001年12月に出た最新作。ジェーン・ホワイトフィールド・シリーズの5作目『Blood Money』との間に、『Death Benefits』という非シリーズものの1冊がある(積ん読状態)。

 ケンタッキー州ルイスヴィルの小さなレストランで、客と従業員含む13人が殺されるという事件が起こる。たまたま講義のためにこの地を訪れていた元警官の犯罪学教授Daniel Millikanは、犯人がレストランの正面のドアをロックした上で裏口から入り、まったく躊躇せずに効率的に全員を殺しているところから見て、これがプロフェッショナルな殺し屋のしわざであると判断する。被害者の1人の父親から協力を求められた彼は、迷った末に、連続殺人犯の追跡を専門とするRoy Prescottの電話番号を教える。

 このRoy Prescottとプロの殺し屋の間の戦いを描く小説。デビュー作の『逃げる殺し屋』を思い出させる要素を、追跡者と殺し屋の両者の行動に盛り込んでおり、『逃げる殺し屋』ほどの衝撃は受けなかったにせよ、非常に面白い作品だった。『逃げる殺し屋』の衝撃は、小説や映画によく登場する「プロの殺し屋」のステレオタイプは現実にはありえないという観点から、ほんとうにプロの殺し屋がいるとすればどのような生活を送っているかという問題を設定し、それに1つの解を与えたところにあった。本作は基本的にあれと同じ解に立脚している。

 『逃げる殺し屋』と違うのは、殺し屋をサイコパスとして設定している点である。もちろんトマス・ペリーはそのような殺人犯を設定しても、あまり安易な描写は行わない。80年代後半頃から大量に出版されたサイコパスものを読んでいて、いつも私が不満に感じていたのは、サイコパスの殺人犯の心理描写がほぼつねに平坦で安易であるということだった。サイコパスは平坦な感情生活をしているということになっているのだから仕方がないとは言えるのだけれども、どちらかといえば作家が想像力を放棄したという印象を与える記述が多い。しかしトマス・ペリーは本作において、「平坦な感情生活」というclicheに則りつつも、そこにいろいろなさざ波を立たせようと努力している。

 その煽りを食ったというよりも、最初からの計算だったのだろう。このサイコパスの殺し屋を追いかけるRoy Prescottの方が、相対的におかしなキャラクターに見える。この人物は、法執行機関から疎まれるアウトローであるだけでなく、ジェーン・ホワイトフィールドのように「正義の味方」の位置を安定して確保してはいない。この熟練した追跡者にとって、連続殺人犯の追跡という仕事は「弱い者いじめ」の一歩手前であり、強大な敵と戦うというモチーフすら薄いといっていい。これに、ストーリー構成の都合上、心理描写が相対的に少ないという事情が加わって、Roy Prescottはこの手のストーリーの小説の主人公にしては異例なほど酷薄に見える。

 ネタバレになるけれども、この戦いでは追跡者のRoy Prescottの方が勝つ(まあ当たり前か)。この人物を主役に据えた続篇が書かれるとしたら、そこで彼の心のあり方がもっと詳しく説明されることになるのかもしれない。そうなると、『殺し屋の息子』とか、ホワイトフィールド・シリーズの後の方のような作品になってしまう危険がある。

 いずれにせよ、トマス・ペリーが本作で『逃げる殺し屋』の流れのハードボイルドに復帰したこと、またそこに新たなひねりを入れたことを嬉しく思う。amazon.comの一部の読者コメントが示しているように、このひねりの入れ方は商売としては非常にリスキーなものだったと思われる。

2002/2/18

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