自転車に乗る漱石

百年前のロンドン

清水一嘉 / 朝日新聞社 / 2001/12/25

★★★★★

文章が上手

 著者は『挿絵画家の時代』の人。本書は、夏目漱石のロンドン滞在時の日記にある記述を通して、世紀の変わり目のロンドンの様子と、その背景の社会状況を紹介する本。『英語教育』の連載を中心に、単一のトピックを扱う短い文章をいくつも集めた本なのだが、そう言われなければ書き下ろしかと思ってしまうほどのきれいな構成になっている。

 ロンドン時代の夏目漱石は人気のあるトピックで、これを扱っている本はたくさん出ているが、本書の特徴は、著者が抜群の熱意と調査能力を備えており、それをベースにして当時のロンドンの様子を活き活きと描き出している点にある。焦点は漱石自身ではなく、漱石が生活した当時のロンドンがどのようなところだったかということに当てられており、この時期の体験が漱石の文芸活動に与えた影響というような鬱陶しい話はほとんどない。むしろ、漱石が日記に「入浴ス」と書いているときに彼がどんな風呂に入っていたのか、Carls-badという薬を服用して下痢をしたのはなぜか、というような疑問を解明しようとする。

 日記に登場する「小便所ニ入ル」という記述が、実は「小使部屋」の意味の「小使所」のことで、漱石は食べ物を掠め取るためにこの部屋に忍び込んでいたのだと推理する、『図書』に掲載されたエッセイが収録されている。

 なお、『挿絵画家の時代』のときにも感じたのだが、この人の文章は実に端正で美しい。地図を含む多数の図版も(白黒だが)楽しく、トピックとは関係ないところでエッセイ集として一級品である。

2002/2/18

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