See No Evil

The True Story of a Ground Soldier in the CIA's War on Terrorism

See No Evil

Robert Baer / Crown / 2002/01/01

★★★★★

元CIA局員の驚くべき告発

 2002年1月に出版されたばかりの本。著者は1976年から1997年まで米CIA(Central Intelligence Agency)のケース・オフィサーとして働き、そのうちの多くの年月を対テロリズム部門で過ごした人。本書の原稿はおそらく2001年9月11日以前にほとんど完成しており、9/11事件を正面から扱っているのは最後の4ページのエピローグのみ。それ以外の部分は、ケース・オフィサーとしての仕事を描いた回顧録と、CIAを初めとするアメリカの政府組織に失望した現場の人間による告発である。CIAのPublications Review Boardに削除を指示された部分を黒で塗りつぶしたまま印刷するというお遊びをしている。

 1人の若者がCIAに入局してケース・オフィサーとしてのスキルを身に着けていく過程を描いた部分は、スパイ関連のノンフィクション/フィクションの愛好者にはたまらなく面白いだろう。その後も著者は、1980年代のベイルートやソ連崩壊後のタジキスタンなど、非常に興味深い地域に赴任する。著者はこれらの場所での経験をユーモア精神たっぷりに描いており、とても楽しく読むことができる。ここまでの部分で、著者は自らをCIA創設の精神を引き継いだタフで活動的な現場工作員として確立する。

 そのタフな現場工作員は1980年代中頃から、また冷戦の終結以降はいっそう、CIAの保守化と官僚主義をうとましく感じるようになっていく。たとえば1980年代末にフランスに赴任した著者は、CIAのヨーロッパにおける情報収集能力が無に等しいものになっていることを発見する。ラングレーには友好国での情報収集活動は望ましくないという判断があり(いまではサウジアラビアやロシアも含まれる)、ヨーロッパの支局はその影響を受けてエージェントのリクルート活動に消極的になっていた。その他の地でも、局内に事なかれ主義が蔓延し、現場活動型の人間よりもアナリストなどのデスク・ワーカーが権力を握るようになる。つまり著者は「古いタイプのCIA局員」としてはみ出し者になった。

 1995年のイラクの話はかなり衝撃的なものだ。著者によると、1995年にアメリカの国家安全保障会議は、フセイン政権の打倒を目的とする軍事クーデターを直前になって妨害した。ここの部分は、たぶん本書によって初めて公にされる事実であり、映画の脚本になりそうな読み応えのある悲劇である。だが、その背景にある事情も同じように興味深い。第1に、湾岸戦争後のCIAは、イラク国内にまったく情報源を持っていなかっただけでなく、隣国(イラン、ヨルダン、トルコ、サウジアラビア)にもイラクについての情報を提供するエージェントを持っていなかった。局員はCIAのポリシーの下で、サダム・フセインの支配下にある地域に足を踏み入れることを許されなかった。第2に、当時の(少なくとも著者が話をした)イラクの人々は、軍の中の謀反者もクルド人も含めて全員が、アメリカがフセイン政権を積極的に支持しているのではないかと疑っていた。クーデターの首謀者は著者に対して、アメリカがクーデターを支援するとまでは行かなくとも、せめて邪魔をしないという保証が欲しいといって近づいてきたのである。著者は、アメリカは決してフセイン政権を支持していないと述べてその首謀者を安心させるのだが、ラングレーからの反応は鈍い。そしてクーデターの決行一日前になって国家安全保障補佐官のトニー・レイクから、事実上決行を妨害するようなメッセージが届く。著者は明記はしていないが、たぶんこのことが直接の原因となってクーデターは失敗し、著者はすぐさま本国に呼び戻される。

 ところが著者が本国に戻り、ワシントンでのデスク・ワークに追いやられてからの話はもっと凄いのである。慣れない場に放り出された著者は、ワシントンの政治力学を解明するために情報収集のプロとしてのスキルを使ってあちこちに鼻をつっこんでいるうちに、クリントン政権内でのオイル・マネー絡みの汚職(と思われるもの)に突き当たる。思い余った著者はこれを告発しようとするのだが、司法省と議会がクリントン大統領の選挙資金スキャンダルを追っているさなかでも、ワシントンには民主党・共和党問わず、オイル・マネーの問題を表立って取り上げようとする勢力がおらず、結局この告発はうやむやのままにされてしまう。

 とまあ、覚え書きの積もりで、特に重要と思われる内容を要約した。以下、感想。

 アメリカのスパイ活動は、特に1990年代に入って、人間による情報収集活動(HUMINT)から通信の傍受や衛星写真を使ったSIGINTへとシフトしてきたが(『エシュロン』の項も参照)、著者はSIGINTはHUMINTの代わりにならないというアメリカのインテリジェンス・コミュニティの声を代弁している。著者が出している印象的な例は、1995年にクルド人がイラク国軍に攻撃を仕掛けたときに、著者が前線近くにまで行って状況を観察して報告したのにもかかわらず、ラングレーの担当者が「そのような動きを衛星写真で確認できないので、本部の誰も信じていない」と答えて相手にしなかったというケースだ。これに限らず、CIAの全般的な情報収集能力が「昔と比べて」弱体化していることを示唆するエピソードがいくつも記されている。

 9/11事件はクリントン政権の置き土産として理解されるようになるかもしれないが、著者によればCIAの弱体化はクリントン政権以前から、すでにレーガン大統領の時期から始まっていた。著者は1983年に起こったベイルートの米大使館に対する爆弾テロが未解決のまま放置されていることに苛立ち、独自の調査を行った末に、9/11事件とも関係のある重大な仮説を立てる。それは、ベイルートの米大使館だけでなく、オサマ・ビン・ラディンによる(と疑われている)在アフリカの米大使館に対する爆弾テロ、さらには9/11事件の背後にイランがいるという仮説である。イランはひそかにアメリカをターゲットとするテロリズム活動のオーガナイズを開始していたが、アメリカ政府にとって人質事件解決後のイランはアンタッチャブルな国になっていたため、積極的な調査が行えなかった。また上で述べたように、クリントン政権下の国家安全保障会議や(民主党を含む)主要議員たちは、石油関係の利権のために、イランに対して強硬な態度がとれなかった。

 本書には、こんなものを出版して大丈夫なのかと思うほど、CIAの活動に関する詳しい、しかも手厳しい記述が含まれている。CIAのPublications Review Boardは本書の内容を裏づけしないとしているが、黒塗りになっていない部分がこれだけ残されていることだけでも驚くに値する。ただ、考えてみれば9/11事件はクリントン政権下で縮小を迫られたCIAにとっては予算獲得の好機であり、本書には、9/11事件の発生を許してしまった原因の1つがCIAの情報収集能力の低下だとしても、その背後にはホワイトハウスの意向があったというロジックがあるわけだ。本書の出版そのものがCIAの陰謀であるという説が、その道のマニアの間では生まれるかもしれない。

2002/3/4

amazon.comの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ