Nigger

The Strange Career of a Troublesome Word

Nigger

Randall Kennedy / Pantheon Books / 2002/01/01

★★★★

興味深い総説

 "nigger"という言葉の使われ方について考察する本。著者はハーヴァード・ロー・スクールの教授で、もちろん黒人。

 第1章では用例を19世紀初頭にまで遡って集め、この言葉がさまざまなニュアンスで使われてきたことを紹介する。第2章では、この言葉がアメリカの法廷でどのように扱われてきたかを紹介する。第3章では、どちらかといえば「言葉狩り」を批判する立場から、この言葉を巡る騒動を論じる。第4章は総説。

 最も興味深いのは、法律家としての立場を活かして、アメリカの法廷での"nigger"という言葉の扱われ方を論じている第2章である。(1) 陪審員、検事、裁判官などが"nigger"という言葉を使ったことが判明したときに、それが刑事裁判にどのような影響を与えるか。(2) 殺人を犯した被告が被害者から"nigger"という言葉で挑発されていたことが、murderからmanslaughterへの減刑の理由になるか。(3) "nigger"という言葉が使われたことが、民事訴訟で「精神的苦痛」として認定されるか。(4) 裁判官は陪審員に、"nigger"という言葉を含む差別用語を「聞かせる」べきかどうか。この4つの論点について、事例や判例を引用して分析している。

 この法律家としての立場から論じている部分以外は、モデレート・リベラルの黒人という立場から発せられた政治的発言である。レイシズムはもちろん厳しく批判するが、過度な言葉狩りも批判し、さらには"nigger"という言葉の黒人の間での独占的な状況を批判する。後者の論点について簡単に説明しておこう。1980年代頃から、この"nigger"という言葉をアメリカのポップ・カルチャーの作品で頻繁に耳にするようになった。この趨勢を生み出したのは、著者によればリチャード・プライアーである。日本に住んでいる者からすると、リチャード・プライアーは「くだらないコメディ映画でくだらないギャグを飛ばしていた黒人コメディアン」なのだけど、実はスタンダップ・コメディの分野で"nigger"という言葉を挑発的に使った改革者だった。それ以来、この言葉は音楽や映画(の一部のジャンル)で、ヒップでクールな言葉として多用されるようになったが、依然としてこれを使えるのは黒人に限られており、白人が使うとよっぽどのことがない限り非難される。そういう意味で、21世紀初頭において"nigger"は(従来とは逆の向きでの)レイシスト的な言葉になっている。たとえば本書のようなタイトルの本を白人の学者が出版することはちょっと考えにくい。

 なお、著者はこの"nigger"という言葉を多用する映画監督としてクエンティン・タランティーノとスパイク・リーを挙げ、後者が前者を批判していることを紹介した上で、自説として、言葉は(自由市場的な意味での)マーケットによって磨かれるのであり、現にタランティーノは"nigger"という言葉をクリエイティブに使っていて大きな貢献をしているわけで、このような試みを禁じるのはよくないと述べている。この背景には、"nigger"という言葉が必ずしもつねに邪悪な人種差別的な意味合いで使われているわけではなく、黒人同士では親愛の情を込めた言葉として使われることもあるというような多様性を肯定的に評価する態度がある。これは、強硬な態度での言葉狩りを主張するラディカルなリベラルに対しての、モデレート・リベラルからの牽制球である。

 アメリカの黒人団体の間での戦いという文脈で読み解くべき本だと思われるので、あまり一般向きではない。ただし、"nigger"の法律上の位置づけを論じた第2章は、法律家としての分析を行っているので普通に楽しめるだろう。

2002/3/11

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