独学の技術

東郷雄二 / 筑摩書房 / 2002/02/20

★★

望んでいたものとはちょっと違った

 著者はフランス語学の学者。表紙には「この本は、すでに学校・大学を離れている人が、新たにひとりで勉強しようとするときに、具体的にどのような方法をとればよいのかという疑問に答えるものです」とあるが、実際にはアカデミックな世界に転職することを前提とした基礎体力作りのガイドブックという印象が強い。また、著者の専門分野を反映して、基本的に「文系」の話である。「理系」のアカデミアに転職しようとする人は、すでにその分野に身を置いており、本書のようなガイドブックは必要としないことが多いだろう。

 私は高校生のときに、本書でも言及されている梅棹忠夫の『知的生産の技術』とか渡部昇一の『知的生活の方法』を読んだ。また、(たぶん言及はされていないが)呉智英の『読書家の新技術』を読んだ。いまとなって思うと、これらの著作からはかなり大きな影響を受けたのだが、正直いって他人に勧める気にはならない。本を読むより、コンピュータとWebの世界に直接に飛び込んでいけばいいと思う。

 『知的生産の技術』は京大式カードの使い方を解説した本として有名。ただ、これを含めた情報管理一般は、いまではコンピュータを使ってはるかに効率的に行える。一覧性という点ではいまでもカードの方が優れているかもしれないが、他の点では圧倒的なアドバンテージだ。リレーショナル・データベース、アウトライン・プロセッサ、ハイパーテキスト・システムなどのおもちゃを実際に使ってみるといい。私はいまのところデータベースとWebの組み合わせに行き着いているが、これはこれまでのどのシステムと比べても「夢のよう」と言っていいような環境である。こういうテクニックが「知的生産」とどう関係があるのかは未だにわからないのだが。

 『知的生活の方法』は、「知的生活」のあり方について述べた本。こういうものには、「知的生活」をしている人のWeb日記を読めばいくらでも触れることができる。Web、そして「パソコン通信」以前の時代には、「知的生活」に限らず、他人の生活のあり方のバラエティに触れることがいまよりもずっと難しかった。Webと「パソコン通信」の最大の意義は、このような多様な情報を得られるようになったことだと思っている。

 『読書家の新技術』は、アカデミアに属していない普通の労働者のためのブックガイドで、『バカのための読書術』の項に書いたように、流行が一巡して再び注目を集めているようだ。この基本的なアイデアは有効だと思うが、問題は著者の立場を反映した、トピックの偏りにある。簡単に言えば、これは論壇内での論争家になるためのブックガイドである。もともと『読書家の新技術』は出版当時すでにirrelevantになっていた論壇を相対化する目的を持っていたのだが、いまとなってはミイラ取りがミイラになったと言うしかないだろう。

 「知的生産」も「知的生活」も「読書家」も非常に危うい言葉ではあるが、単にリテラシーと言ってしまってよい。実際、いまの多くのWebサイトの運営者は、『知的生産の技術』に書かれていたようなことの入り口の部分を自然体で実践してしまっている。この20年ほどで教養の大衆化は確実に進み、かつては「知的」という形容句が使われていたような事柄が、「見やすいホーム・ページの作り方」というような表現で説明されるようになったのである。そこから先に進む人とそうでない人がいるのは、いまも昔も同じだ。

2002/3/25

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