文明の衝突

The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order

サミュエル・ハンチントン / 集英社 / 98/06/30

★★★★

たぶん適切な状況分析なんだろう

 1993年に『フォーリン・アフェアーズ』誌に発表した論文をベースに、それに対する批判への答えを盛り込んで書かれた本。冷戦終結後の世界では、イデオロギーではなく文明(civilizations)間の衝突が国際関係を動かすという主張である。著者は、この文明として、中華文明、日本文明、ヒンドゥー文明、イスラム文明、西欧文明、ロシア正教会文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明の8つを挙げる(最後のアフリカ文明は、まだ確固たる姿を見せてきていない)。そして、この「文明パラダイム」は、それ以外のパラダイム(西欧対非西欧の二分法や、個々の国や民族がそれぞれのファクターとなる複雑な世界観など)よりも理解しやすく、現状をよく説明しており、また生産的でもあるとする。

 この枠組みを使って、1990年代に起こっているもろもろの現代的な紛争を解説している部分はきわめてわかりやすく有益だ。が、その多くは単にイスラム文明と西欧文明の衝突で説明がつくことに思える。一方、日本とアメリカの関係を、日本文明と西欧文明の衝突という文脈で理解しうるか、となると難しいような気もする。それにもかかわらず、著者の文明パラダイムは、近い将来の世界の姿をよく予想しているようにも思える。中国と日本、日本とアメリカの関係はともかく、中国とアメリカの関係は、これはもう「文明の衝突」と呼ぶしかないようなものだろうし、21世紀の日本はこの衝突にもろに巻き込まれる状態になるはずだ。また、東南アジアにおける中国文明とイスラム文明の衝突の趨勢が、中国を含んだ東・東南アジアの情勢を決定することにもなるだろう。

 仮に、この「文明パラダイム」が世界のすべての事件を説明するものではないとしても、イスラム文明と西欧文明の間、そしておそらくは中華文明と西欧文明の間の衝突は起こっているし、今後も起こり、国際情勢に大きな影響を与えるだろう。そのような中で日本はどう振る舞えばいいのか。答えはほぼ明らかで、日本は「日本文明」なるものを持たないフリをするべきである。文明を持っていなければ、少なくともこの本に記されているような原因で起こる紛争の当事者にはならなくて済む。湾岸戦争に金だけ出して非難されたこと、ペルー公邸占拠事件でのフジモリ大統領の行動に対するアンビバレントな国民感情が生まれたことなどは、良い徴候である。これはギャグではなく、かなり本気だ。

 この本で主張されていることは、現代的な形のレイシズムである。西欧以外の文明では、これはナショナリズム、あるいは民族主義として発現する。日本だけを見れば、最近の「自由主義史観」の勃興を適切に説明している。「自由主義史観」の持ち主は、こういう形で整理されてしまうことをどうやって避けるか、ということを課題とするべきだろう。

1998/7/7

 本書の内容に対して、人種差別的だとか、現状を適切に説明していないというような批判をあちこちで見掛けるのだが、その批判はまったく的外れで、本書の内容はまさに「人種差別」であり、現状を、また中長期的な未来をこのように「認識」するという著者の意思表明なのである。このような認識が危険であることは当たり前で、ここでいう「西欧文明」以外の文明からこれに対抗できるそれほど危険でない認識を打ち出せるか、ということが問われているのである。私には、著者の主張を人種差別的だと批判することは、それ自体が著者の提示している枠組みにはまっているという風に見える。上のパラグラフで「自由主義史観」に関して述べているのは、まさにそのことである。

1999/10/12

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