Skeptical Environmentalist:The

Measuring the Real State of the World

Bjorn Lomborg / Cambridge University Press / 2001/09/01

★★★★

アンチ環境保護主義

 著者はデンマーク人で、本書はもともとデンマーク国内で発行された本の英訳版。タイトルは「懐疑的な環境保護主義者」、副題の"Measuring the Real State of the World"は、環境保護団体Worldwatch Instituteが発行している"The State of the World"(日本では「地球白書」と訳されている。レスター・ブラウンの著作リストを参照)をもじって、「本当の世界の現状」は、Worldwatch Instituteやレスター・ブラウンが言っているような状況とは違うのだ、ということを主張している。

 本書は、環境保護団体の「環境の危機」についての言説を"Litany"(「連祷」と訳される。「お題目」あたりが適切か)と呼び、世界は彼らが言うほど危機には直面しておらず、人類はうまくやっているのだと主張する。取り上げているトピックは人口、貧困、健康、食糧、森林、エネルギー、鉱物資源、水、大気汚染、化学物質、ゴミ、生物の多様性、地球温暖化などと幅広い。

 著者のサイトからリンクをたどっていくとわかるように、本書は環境保護団体と科学者のコミュニティから激しい口調で批判されている。Anti-Lomborg.comというサイトは、著者にパイをぶつけたときの写真を誇らしげにページのトップに貼り付けているほどだ。"Nature"と"Science"は、個人攻撃と呼んでいいような書評を掲載した。一方、"The Economist"や"Washington Post"といった「一般誌」の書評はおおむね好意的である。amazon.comのカスタマ・レビューは熱烈な支持と熱烈な批判に分かれており、支持派と批判派のセンチメントの傾向がつかめる。

 さて。科学者たちからの反論は、科学者コミュニティの典型的な動作原理の1つに沿って行われている。まず、批判者がコミュニティの一員でないことを指摘する。そして、批判者の批判に妥当な部分がある場合には、批判された領域をコミュニティの周縁または外部として切り捨てる。ただし科学者は、平時にはこれらの領域がコミュニティの周縁または外部であるとは言明しない。"The Skeptical Environment"を巡る論争では、著者が環境問題についての学術論文を出版していないことが指摘され、過激な環境保護主義者の主張が外部として切り捨てられることになる。これによってコミュニティの核の部分の正当性が保たれるというわけだ。このような仕組みをフェアでないと思う人は少なくないかもしれないが、科学というものはこういう風に動くのだからしかたがない。これは環境問題に限らず多くの「論争」で観察されるパターンである。

 過激な環境保護主義者が自分に都合のいい「地球の危機」を示唆するデータばかりを使うのと同じ水準で、本書の著者は「地球と人類はうまくやっている」ことを示唆するデータばかりを使っているという印象がある。どちらのデータもいちおうは「科学」の中のデータであり、著者は自分が選んだデータを使って過激な環境保護主義者の主張にチャレンジすることを目的としている。そういうわけだから、科学者コミュニティからの批判に含まれている「著者が選んだデータは偏っている」と「著者が批判の対象としている主張は科学者コミュニティのコンセンサスではない(外部または周縁である)」という趣旨の指摘は、指摘そのものは正しかったとしても、著者の根本的な態度への反撃としては的外れであるように思う。"Nature"や"Science"に掲載された科学者からの反論を読んでもなお、科学者以外のインテレクチャル("amazon.comのカスタマや"Washington Post"のエディター)が著者の態度に対して好意を寄せうるのは、この的の外れ方に気づいているからだろう。

 これは「科学者に政策決定を任せてはならない」という観念である。著者の環境問題に対する姿勢も、最終的にはここに行き着く。環境問題はコスト/ベネフィット分析の対象となるリソース配分の政治的問題なのであり、民主的なプロセスを通して政策決定を行うためには、市民がinformed decisionを行えなくてはならない。しかし現状では、市民に正しい情報(というか、適切な情報のバラエティ)が伝えられていないので、私がそのバラエティの反対の極の世界観を提示してやろう、ということである。

 最後に個人的な感想。私はどちらかといえば、本書でこてんぱんにやっつけられている『成長の限界』の雰囲気の中で育ったので、本書の著者の基本的な主張、つまり人類は予想以上にうまくやっているという発想には同意したいところもある。ただ、それは私が住んでいる日本という国が先進国であり、特に大きなカタストロフィもなくここ20年ほどをやり過ごしてきたからであるし、著者の描くバラ色の未来を日本が享受するためには、グローバルな自由貿易体制が今後も維持されることが必須だということを強く意識した。

 なお、具体的な議論については、やっぱり雑なんじゃないかと思える点が多々あった。自分で細かいリサーチをするときの出発点または動機付けとしては非常に良い材料である。

2002/4/30

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