天才と分裂病の進化論

Madness of Adam and Eve, The: How Schizophrenia Shaped Humanity

デイヴィッド・ホロビン / 新潮社 / 2002/07/30

★★★★

ありうる仮説

 著者は英国分裂病協会の医療顧問とのこと。本書は分裂病の発症メカニズムを生化学の立場から論じ、それと人類の進化を関連付けるという野心的な本である。

 まず、人類の進化の分水嶺は、脳に必要な脂肪を大量に蓄積することを可能にした突然変異にあったと考える。つまり、生理学的な特性の変化が、人類に特有の脳を発達させる引き金になったのだとする。そして、分裂病の症状が、脳に必要な脂肪酸を摂取することで軽減されるということから、分裂病はこの必須脂肪酸を取り込むメカニズムの異常であると推論する。ただし、初期の人類は水辺に住んでいて、これらの脂肪酸をたくさん含んでいる魚類を食べ物としていたので、症状はマイルドであった。そのため、分裂病のネガティブな側面よりも、創造性というポジティブな側面が発揮され、人類の文化の進歩に貢献した。やがて農耕文化が始まり、最近では工業化と都市化が進展して、人類の食生活が変わり、症状が一般に重くなった。

 分裂病の脳内生化学的なメカニズムについては、近い将来、もっと多くのことがわかってくるに違いない。本書の重要な点は、これを人類の進化史と結びつけて、1つのシナリオを描いてみせたところにある。なお著者は双極性障害とサイコパスについても、似たようなシナリオを示唆している。

 精神病や精神障害一般の謎は、それがいまも一定の割合で残っているという事実は、その障害に何らかの進化論上の価値があることを示しているのかもしれないということである。分裂病、双極性障害、サイコパスなどは、初期の人類にとって、自然選択と性選択のどちらかまたは両方において有利だったのかもしれない。本書は、必須脂肪酸を大量に摂取していたおかげでマイルドなものに抑えられていた分裂病の症状が、その人にとって有利に働いたという状況を想定している。

 分裂病が近代の所産なんではないかという疑問については、著者は食生活の変化のために症状が重くなったという答えを用意している。そして、近代以降の社会の急激な変化は、症状が重くなった分裂病の産物であると示唆する。

 分裂病や精神障害に関するロマンティックな物の見方の典型的な形であると言えるだろう。私もロマンティックな人間なので、脳の障害が人類の文化を進展させたという話には関心をそそられる。ただ、分裂病や自閉症は別にそれでいいのだが、サイコパスについてもロマンティックなアプローチは可能だろうか、というのが前々から抱いていた疑問である。いずれもたぶん似たようなメカニズムで起こっている障害なのだが、分裂病と自閉症は良くてもサイコパスはだめとする場合には、どのような理屈が付けられるだろうか?

2002/11/11

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