ホワイトハウス報道官

レーガン・ブッシュ政権とメディア

Call the Briefing!

マーリン・フィッツウォーター / 共同通信社 / 97/09/17

★★★

人柄が忍ばれる内幕暴露もの

 1998年現在、テレビ番組のコメンテータとして登場するマーリン・フィッツウォーターは、しゃれたことを言おうというそぶりを微塵も見せず、ちょっと聞き取りにくい発音で、ひたすらまっとうに物事を論じようとするいい人に見える。なんとか気のきいた発言をしようと身構えているゲスト連の中で、非常に正直な人に見える。この本では、この人が、レーガンとブッシュを、やはりそのようないい人として描いている。クリントン大統領のセックスがらみのスキャンダルにうんざりしているアメリカ人たちがこれを読むと、たぶん、フィッツウォーターその人も含めた1980年代の共和党政権をなつかしく思うようになるのだろう。

 実際、フィッツウォーターは、レーガンとブッシュという二人の大統領のことを、自分の父親を紹介しているとでもいうような態度で描いている。それが物足りないといえば物足りないのだけど、今後アメリカ人がこの二人の大統領を心情的にどう評価するかということを占う一つの方向を指し示しているともいえる。

 この本のもう1つの側面は、いやむしろこちらの方が主軸なのだろうけれども、ホワイトハウスの報道官という仕事がいったいどういうものなのか、またホワイトハウスのプレス・ルームに陣取る記者たちがいったいいかなる役割を果たしているのかということである。この問題は、1998年に、クリントン大統領と独立検察官の間の戦いから派生したモニカ・ルインスキー事件(とでも呼ぶべきか)で大きく取り扱われた。マカリー報道官は、ルインスキー事件に関して詳しいことを知らされていないこと、知りたいとも思っていないことを明言した(クリントンは、弁護士たちの助言に従い、ホワイトハウスの主要なスタッフにさえ詳しいことを説明していないという)。報道官は、プレスの攻撃から大統領を守るという仕事を遂行するだけでなく、自らの評判も気にしなければならない。クリントン大統領が作り出した状況のおかげで、マカリーはこれまでの報道官が経験したことのない綱渡りをしなければならなくなったとされる。一方、プレスの側に目を転じると、ホワイトハウスのプレス・ルームで、いちおうエリートとされるホワイトハウス付けの記者たちが、大統領のセックス・スキャンダルに関して質問をするという事態も初めてのことである。このような事態が、クリントン固有のものなのか、それとも、ホワイトハウスとメディアの関係が決定的に変わってしまったのかはわからない。

1998/3/27

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