全面戦争

Protect and defend

エリック・L・ハリー / 二見文庫 / 98/04/25

★★★★★

力作

 著者は、米ソの全面的な核戦争を描いた傑作『最終戦争』の人。この『最終戦争』という本は、米ソの核による相互確証破壊というものが実際に起こってしまったらどうなるのか、またいかなるプロセスでそれが起こりうるものなのかという大問題を正面から描いた素晴らしい本だった。その人の、日本で紹介される本としては2冊目なので、本屋で見掛けたときには非常に嬉しかった。

 この『全面戦争』は、ロシアが崩壊し、中国がシベリアに攻め入って来るのを、アメリカを中心とする連合軍が撃退するという話である。そして『最終戦争』と同じく、ここに含まれているディテールは、上記のようなストーリー紹介ではまったく捉えきれない複雑なものなのだが、特に前作と違う点といえば、ロシア崩壊の原因を作ったアナーキズムのイデオロギーと、アメリカの共和党の大統領の、したがって覇権国家としてのアメリカの擁護する世界秩序の対立が主軸に据えられていること(この点では、前作でこの種のイデオロギーにほとんど重要性が持たされていなかったということが改めて思い出される)と、シベリアで戦う歩兵の姿がじっくりと描き込まれているということである。

 イデオロギー対立という点での「アナーキズム」の描き方は、少し素朴かもしれない。しかし、これに対抗するアメリカの側の描写は、とうてい素朴とはいえない複雑なもので、著者はこちらの方を深く描くために、あえてアナーキズムの方を単純化したのではないかとさえ思える。あともう一つ、アナーキズムを広めようとする悪者の、コンピュータの画面でチェックボックスをクリックすることで暗殺対象を指定する孤独な男の仕事ぶりの描写には鬼気迫るものがある。

 歩兵の戦闘。前作はグローバルな、核爆弾を落とすという問答無用の戦争を扱っていたため、局地戦の描写はほとんどなかった。そのことから、実のところ、この著者は戦闘の細かいことには興味のない戦略屋、政治屋なのかと思っていたけれども、それは大きな勘違いだった。シベリアという特殊な気候の中で戦うアメリカ人の歩兵たちの戦いは、主に、軍隊に参加したばかりの二人の二等兵の姿を中心に描かれていくのだけれども、素晴らしく読み応えのあるものだった。この部分だけでも、現代的な戦闘小説として歴史に残るのではないかと思う。

 この著者の2冊の著書に共通する特徴は、巨大な歯車が回り始めたときに、人間はそれにどのような関与をしていけるかという点で、ぎりぎりまで突き放した視座を保ちながらも、そのことがかえって、人間の意志と意思の重要さを浮き彫りにするというような構成である。この歯車からは、世界の最高権力者であるアメリカ大統領でさえ逃れられないということが前作の大きなテーマの1つだったが、この『全面戦争』もこれを1つの軸にしている。

 もう1つ。この著者は、あるシチュエーションの中で起こる危機を、まったく予想できないところから持ってきて、それによってお話に現実味を持たせるという手腕に長けている。次々と訪れる危機がすべて予想できるクーンツ的なストーリー組み立ての対極にあるといえる。この予想のできなさは、次のような手法で実現されているのではないか。すなわち、特定の状況があったとき、まずその状況で発生しうる危機要因を列挙する。いったん列挙したら、それをすべて捨てて、そのリストに含まれていない、マイナーな要因が危機を生み出すとしたらどういう風になるかを考え、その後は圧倒的な細密描写によってリアリティを持たせてしまう。このテクニックを多数の同時進行する状況にあてはめていくと、制御不可能な事件があちこちでカオティックに発生し、人間はそれに翻弄されていくという重厚な雰囲気が醸成される。

 このことだけを取り出せば、前作の『最終戦争』の方が、リアリティとしては上だったかもしれない。しかし、この『全面戦争』は、現代の歩兵戦を正面から描写するなど、著者の意気込みが強烈に感じられて、十分に傑作である。

 ちなみにこの本における中国人たちの描写はとても凄かった。彼らの戦い方は太平洋戦争の日本人みたいだともいえるし、第一次世界大戦的ともいえるかもしれない。この描写は人種差別的かもしれないが、中国の首脳部の意思決定の場面にまったく触れず、前線にいる兵士たちのことだけを書くというところに(人種差別的でない、物語上の)意図を感じた。このやり方が一番正しいのだろうと思う。というのも、やっぱりトム・クランシーの"Executive Orders"のイランとか中国とかインドの政治家の描写とか読んでるとうんざりしてくるから。

1998/3/30

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