過剰人口

神話か脅威か?

Surpopulation mythe ou menace?

ジョゼフ・クラッツマン / 農山漁村文化協会 / 96/11/10

とにかく翻訳がひどい

 人口問題について論じた本。著者はフランスの社会科学高等研究学院研究主任。この本は読めなかった。翻訳が凄すぎるのである。たとえば16ページより

この点に関して、人口統計は屡々不確実であることと人口予測が当然いっそう不確実であることを想い起こすべきである。客観性の探求は結論においての控え目を含意する: 断定的な肯定なり主張を陳述する者を信用しないでおこう。その人達が質問点の多様化よりも、さらに説得的であり、且つ読者にとってより強く安心させるものであっても、である。
(中略)
なお、現存のと予見しうるのとの技術に関心をもつだけでは十分ではない。その適用にも心配しなくてはならないし、その適用は人間の態度に依存する。

 こういうのがずっと続くのだ。訳者の小倉武一氏の略歴もまたすごい。

1910年福井県生まれ。東京大学法学部卒業。農学博士。農林事務次官、(財)農政研究センター(現食料・農業政策研究センター)会長、アジア経済研究所所長、同会長、農林水産技術会議会長、米価審議会会長、日銀政策委員会委員、税制調査会会長などを歴任。現在、食料・農業政策研究センター名誉会長、日本農業法学会会長、協同農業研究会代表。

 出版社の社団法人・農山漁村文化協会がどのようなものであるかを私は知らないが、要するにこの略歴から見て取れるような典型的な権力フローに沿っての天下りの精神を、そのまま出版界に持ち込んだという感じ。そこから出てくる訳文がこういうものだとすると、うーむ何と言えばいいのだろうか。ちなみにこの本の一番面白いところは、訳者まえがきに出てくる。この本はフランス語で書かれているのだが、他のもろもろの本の翻訳に「忙殺」されていた訳者は、初めてフランス語の翻訳をすることになる(2ページより)。

そこで、英語とくに連合王国のそれと仏語を同時に比較するという機会を得ることになった。フランス語の文章は短くて且つわかり易いのである。但し共通点のあることも発見した。それが和文と異なる点でもある。和文にはないが、英文と仏文には共通に存する符号のことである。それは(:)、(;)であって日本語にはない。これらの符号を紹介する機会にその他の符号にも及びたい。そこで先ず最初にピリオド(読点)の(.)がある。次にコンマ(句点)として( )がある……。

 「まえがき」で見る限り、この人はこの分野でそうとう多くの本を訳しているみたいなのだが、どうやらこの本を訳すにあたってはじめて、西洋の言語ではコロンとセミコロンが重要な意味で使われることを知ったみたいなのだ。そのことを発見した喜びが、この「まえがき」には現れているわけである。

 いったいこれはどう解釈すればいいのか。1910年生まれである。敗戦の時期には35歳。戦後しばらくして農林事務次官になったんだろう。「戦前の文化人を思わせる独特な文体」とでも言うべきなのか? この人の頭の中は、こういう文体で構成されているのか? こういう文体の頭で農政研究センター会長、アジア経済研究所会長、農林水産技術会議会長、米価審議会会長、日銀政策委員会委員、税制調査会会長を歴任したのだろうか。誰か助言してくれる人はまわりにいないのだろうか? 勘弁してほしい。

1998/9/11

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