スズメバチの巣

Hornet's Nest

パトリシア・コーンウェル / 講談社 / 98/07/15

★★★

恥ずかしいけど支持

 パトリシア・コーンウェルが初めてスカーペッタ・シリーズ以外の小説を書いたもの。裏表紙の紹介文には「本格警察小説」とあるが……。

 コーンウェルの1作目である『検屍官』が翻訳出版されたとき、誰一人あの小説を支持する人がいなかった状況で、私はひとり彼女を弁護したものだった。これはポスト80年代の警察小説である、と思ったのである。警察小説が緻密なプロットで勝負する時代はすでに終わっている。事件なんてものは、偶然でしか解決しないものなのだ。『検屍官』はそのことを十分に意識した脱構築的な小説なのだ、と主張したのだった。しかし2作目、3作目が出版されていくにつれ、どうやら私の当時の主張は間違っていて、他のすべての人のいいぶん、要するにパトリシア・コーンウェルという人は小説を書くのが下手なだけなんだ、という仮説の方が正しかったようだ、と思うようになっていった。

 しかし、この『スズメバチの巣』を読んで、私はもう一度、最初の仮説を検討してみたいと思った。この小説では警察を舞台にしておきながら、警察小説であることをはなから放棄しているように見える。だって警察に勤める主人公格の女性二人が本来の公務を果たしている場面というのがまったくといっていいほど出てこない。ジュディ・ハマーというシャーロット市警署長と、ヴァージニア・ウエストという署長補佐がその二人なのだが、彼女らの警察関連の活動は、署長と署長補佐という職務とは関係ないところでのみ描かれている。しかも、この物語の軸となるはずの連続殺人事件の解決のされ方が、『検屍官』も含むスカーペッタ・シリーズのいくつかの作品を思わせる唐突さである。そもそもシャーロット市警がこの連続殺人事件の捜査をやっている描写なんてほとんど無に等しいのだ。

 こういうことを考えれば考えるほど、これは意図的な構成であるとしか思えなくなってくる。もう1つ論拠を挙げておこう。ラジオ・シャックの連続窃盗事件が、アンディ・ブラジルがたまたま現場に居合わせたことで解決されたというエピソードだ。このときアンディ・ブラジルは、市警のパトロール隊の尾行から逃れるために裏道に入り込んで、たまたま事件を目撃し、解決した。コーンウェルには、現代警察小説において、多くの事件はこういう偶然からしか解決しえないものとして描くしかないという信念があるとしか思えない。そうだとすれば、やはりコーンウェルは先見の明があるミステリ作家なのだ。

 スカーペッタ・シリーズは40歳台の、重要な公職についている女性を主人公としたロマンス小説という新しい分野を切り開いたシリーズだったが、この『スズメバチの巣』は物語全体のトーンを軽くすることで、その要素をさらに強化させている。なんせ40〜50歳台の女性二人が20歳台の男の子をペットにするという話だし、この男の子がまた、これまで見たことがないほどそれ向きだ。その点でも、この作品はパイオニア的な作品だといえるのではないか。普通、「重要な公職についている女性を主人公としたロマンス小説」では、いろいろな事情があって、女性の相手はだいたい自分と同年代の、自分にほぼ匹敵する重要度の職についている中年男性とならざるをえない。自分に匹敵する重要度じゃないと、そのロマンスは失敗するのである。この『スズメバチの巣』の登場人物たちの性別を逆転させたら、とんでもなく退屈な、性差別的なストーリーができあがることだろう。

 再び「やはりコーンウェルは下手なだけなんだ」という結論になってしまうのかどうか、この小説の続篇が期待されるところである。

1998/9/19

TRCの該当ページへ

amazon.comの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ