オウムと私

林郁夫 / 文藝春秋 / 98/09/30

★★★

まあこれ以外の形はないだろうなという感じの弁明

 オウム真理教の地下鉄サリン事件の実行犯の一人だった医者が獄中で書いた手記。逮捕後に積極的に警察に協力したことを含めて、その反省の姿勢のために死刑にならず無期懲役が確定した。この手記が裁判のどのタイミングで書かれたものなのかはわからないが、まあ反省文はこういうふうになるんだろうなという感じ。

 最近読んだ本の中から、日本人が書いたノンフィクションを挙げてみると、『戦争論』『不肖・宮嶋 南極観測隊ニ同行ス』『黒船の世紀』『ああ、堂々の自衛隊』『農人日記』『ゼニと世直し』『機長の一万日』。この『オウムと私』は、これらのどの本よりも知的で誠実でうまく書かれている(私がどうしようもない本ばかり読んでいるからかもしれない。たぶんそうだろう)。いずれにせよこの状況は、オウム真理教側の人間が地下鉄サリン事件後にテレビ番組に出て弁明していたときに、他のどの出演者よりも知的に見えたということに似ている。

 これは、本にせよテレビ番組にせよ、必ずしもオウム側の方に「真実」があるということではない。かといって、「真実」がないから知的に見えるということでもない。何か別の仕組みがこのような状況を産み出しているのだ。

 ちなみに、オウム真理教の側の人間をテレビ番組に出演させたということでテレビ局を批判するという姿勢があったけれども、それはメディアの本質を完全に取り違えている発想である。実際、あのときほど日本のテレビがまっとうなメディアに近づいたことはなかったと思う。そのときにオウム側の方がまともに見えたのは、テレビ番組のソフトウェアの質が低かったからに過ぎない。

 この本は林郁夫が自己弁護を行い、世間一般に対して情状酌量を求めて書いたものなので、その分を割り引いて受け止める必要があるけれども、彼と麻原彰晃との間の関係の描写はきわめて興味深かった。完全にコントロールできていない林郁夫を縛るために、地下鉄サリン事件の実行犯として選んだんだろうという推測は、よくできたミステリ小説のプロットみたいだ。林郁夫の立場としては、自分が操作されたという現実を受け止めるためには、そのように書かなければならないわけだけれども、それを割り引いても麻原彰晃はマニピュレーションの天才だったといえるのだろう。

 地下鉄サリン事件の最大の謎は、あれだけ大量のサリンを準備しておきながら、なぜ4人しか殺せなかったのか(殺さなかったのか)という点にあると思うのだが、この疑問についてはやはり満足のいく解答は得られなかった。たぶん林郁夫は実行グループの中の一番弱い輪だったのであり、彼が地下鉄の中で感じた逡巡は特殊なケースだったと思われるからだ。

 なお、『知政学のすすめ』で、米本昌平はオウム真理教に医者や弁護士などの専門職が参加したことを、専門職グループの問題として理解していたが、この本を読めばその態度が間違いであるということがわかると思う。理論的に間違いなのはもちろんだが、プラクティカルな問題としても、林郁夫の人生の中で、そのような専門職機関がどのタイミングでどのように介入すればよかったのか、ということを考えてみればよい。なお、415ページに、松本剛の指紋消し手術の依頼を受けて、林郁夫が次のように思う記述がある。

さすがに私も、指紋消し手術は違法行為であり、依頼されておこなえば、「医師免許取消しもの」だと思い、「やり方もわからないし……」と逃げをうちました。

 私の見たところ、林郁夫が医師免許のことを心配するのは、このときだけなのだが、この期に及んで医師免許のことを心配したということだけでも、十分に専門職機関の力は効いていたと考えるべきだと思った。

1998/9/28

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