なぜ日本人は日本を愛せないのか

この不幸な国の行方

Why can't the Japanese love Japan?

カレル・ヴァン・ウォルフレン / 毎日新聞社 / 98/03/25

★★★

まあべつにぃ〜

 ウォルフレンの本を初めて読んだとき、あまりに当たり前のことばかり書いてあるので驚いた。こんなことは、日本人なら誰でも知っていることではないのかと思った。ウォルフレンの主張に反論する人もいるけれども、そういう人たちはたぶん心の底で、「それは正しいけど、外国人に指摘されるのは腹立たしい」と思っているに違いない。

 この本も、細かいところで同意できない部分はあるけれども、大筋では当たり前のことを書いている。ひとつ疑問が生じた。ウォルフレンは、日本の官僚とかジャーナリストばかりと、つまり日本人の中でも知性が劣っている部類の人たちと接触しているので、自分の言っていることが珍しい、新しい主張だと思い込んでいるのではないか? というのはまあひねくれすぎた言い方か。

 彼の言う、日本の「システム」と大衆の図式なのだけれども、私が違和感を感じるのは、システムが大衆を一方的に踏みにじっているという捉え方である。もちろんウォルフレンの本は政治的主張の本なので、そういう風に描写することでモティベーションを高めるという意図は十分に理解できるのだけれども、実のところこの「システム」は、当然のことながら、大衆がある程度同意して存在させ、作り出してきたものなわけだ。というか、そういう風に理解しないと、問題を間違って把握してしまうというような局面がいくつか存在する、という言い方にとどめておこうか。たとえば、日本が湾岸戦争に兵を送らずに済んだのは、ほとんど、日本の歴代政治家が(ウォルフレンの言うような意味で)無能だったおかげである。大衆はおそらく、こういう利得があるということを予測して、コストを払っているのだ。この利得はある意味で日本人全体に薄く分散するが、コストは特定の人に、ほとんど偶然に降りかかる(輸血でHIVに感染した人、みたいな)。いってみれば負の宝くじを買っているようなもので、したがって日本人はたいてい、そういう宝くじに当たってしまった人に対して冷たい。それを繰り込み済みで、この体制を受け入れているという暗黙の諒解があるからだ。

 別にこの状況を擁護するつもりはないけれども。ただ、こういう状況にある日本人だからこそ、旧ソ連、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)、そしてとりわけ今のイラクの国民に対して、シンパシーのこもった、意味のある発言ができるのではないかと思う。

1998/4/1

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