正しいHTML4.0 リファレンス&作法

ビレッジセンターHTML&SGML研究チーム / ビレッジセンター出版局 / 98/03/20

★★★★

正しい姿勢だが、追い詰められている感じの本

 HTML 4.0のリファレンス。このレビューではコンピュータ関連のリファレンスや解説書は取り上げてこなかったが、この本は特定の「主張」をかなり強く押し出している本なので取り上げることにした。

 その主張とは、Internet ExplorerやNetscape NavigatorのインプリメンテーションとHTML 4.0の仕様とは違うものであり、仕様に従った書き方をしよう、というものである。正論である。いや、そうだろうか? 微妙なところだと思う。これについては後回し。

 正論かどうかとは関係なく、この本はどこか「月の表面に人間の顔を発見した」とか「J・F・ケネディは前からも撃たれていた」などと主張するたぐいの本を思わせる。こういうトピックを書くにしてもそれなりの書き方はあろうと思うのだが、こうなってしまうことが興味深い。このレビューで取り上げた本では、『JAL123便 墜落事故真相解明』『音の後進国日本』などが該当する。そのなかで、『うるさい日本の私』がかっこよかったことが記憶に残る。要するに、「世間で言われていることとは違うが、自分は正しいと信じていることを、これから書くぞ」という本で、どのような記述が行われるかという問題である。

 さて、この本の主張が正論であるかどうか、について。まずこれは、正論であると打ち出されたときに、とりあえず正論であると同意せざるをえないような内容であることは間違いない(つまり、「月の表面に人間の顔を発見した」よりはずっと正しいということ)。しかし、この世にごまんといるwebページ・オーサーたちに対して、W3Cの仕様に従って書けと呼びかけることは果たして正当な行為かとなると難しいと思う。

 World Wide Webがこれほどの繁栄を享受できたのは、まさに、HTMLがいい加減に書ける言語であり、ユーザー・エージェントの許容度が高かったからである。ちょっとでも間違いを書いたときに、代表的なユーザー・エージェントが"Syntax error"と表示していたら、まずwebオーサリングはこれほど普及しなかっただろう。つまり、World Wide WebとHTMLの良い点は、そのいい加減さにあるのだから、仕様に厳密に従えと命じるのは反動的である。

 次に、この本でも「HTMLは文書の論理的構造を表現するためのものだ」と繰り返し述べ、プレゼンテーションとの分離を推奨しているが、これは間違いだと思う。いや、文書のメンテナンスのために論理とプレゼンテーションを分離するのは奨励すべきだけれども、それは決して「HTMLが文書の論理的構造を表現するためのもの」だからではない。そもそもHTMLが論理的構造を表現するには力不足であることは明らかだと思う。私は個人的に、Webにおける文書のプレゼンテーションはほとんど気にしていない。それはこのサイトのプレゼンテーションを見れば一目瞭然だと思う(少しだけ気にしている部分はあるけど)。しかし、そのような私でも、World Wide WebとHTMLがこれほど普及したのは、これが論理的構造を表現するためのものでなく、(ユーザー・エージェントの独自拡張も手伝って)プレゼンテーションを簡単に操作できる言語だったからだということを認めざるをえない。そもそも、普通の人は論理的構造を持たせなければならないようなものを、Webを通して発表しようとは思っていないのである。

 この本のリファレンスの部分を見ていても、文書の論理的構造の記述に使えるタグがいかに少ないかを見て改めて驚く。私はかなり昔からSGMLで文書を書いていきたいと思っていたのだが、PC上の適当なツールやブラウザがいつまで経っても出てこないのですでに諦めている。XMLにはかなり期待しており、これが普及するまで待ちの状態にあるといっていいだろうか(たぶん最初に普及するのが、日記を書くためのXMLの定義ファイルだと思う)。それにしても長い待機期間だ。

 とはいいながらも、この本が、世の中の「パソコン関連書籍」の中ではまっとうな部類に入ることは間違いない。別にそれほど偉大なことではないが。

1998/10/25

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