レッド・マーズ

Red Mars

キム・スタンリー・ロビンソン / 東京創元社 / 98/08/28

★★★★★

力強いSF小説

 プロパーなSFを読むのは"Snow Crash"以来、5か月ぶり。

 ようやく翻訳された火星植民地もの。面白いとは聞いていたが、たしかに素晴らしかった。あえて挑発的な言い方をすれば、「ミステリ小説のように知的」である。

 この小説の一番の凄いところは、「植民地の愚かな構成員」というテーマの基盤を、植民者の選考プロセスそのものに求めているところだと思う。惑星植民ものの問題の1つに、植民ができるほどにテクノロジーが進歩した地球人が宇宙に出ていったときに、そこでどんな危機に遭遇しうるかがわからないということがある。これに対する2つの極端な解答は、「予想もつかない危機に遭遇する」というものと、「出ていった地球人が愚かである」というものだ。前者は、高度に進歩したテクノロジーをもってしても対処できない危機を思いつくという競争になる。後者の方が比較的簡単であることは明らかだろう。

 「出ていった地球人が愚かである」という状況の設定にはいくつかの方法が考えられる。複数世代の植民船だったので(または入植後数世代で)文化レベルが下がったとか、船内で叛乱が起こって変な集団になったとか、船に搭載しているコンピュータが壊れたとか、狂人がまぎれこんでいて船を支配したとか。しかし、この『レッド・マーズ』はこのような安易な解法に頼らず、近未来SFのプロットとしてきわめて現実みのある植民者の選考プロセスそのものが「植民地の愚かな構成員」を生み出すという解を使い、それを文芸的な手法で緻密に描いている。

 この本における植民者の選考プロセスは、科学者として優秀な人間を100人、性別と国籍のバランスを取りながら、南極でのモニタリングなどを含めた慎重な手続きを踏んだ上で選び出すというものである。こういうプロセスで選び出した人々は、ほぼ必ず知的および情緒的な面で問題を抱えていることだろう。このような知的および情緒的問題を、章別に異なる植民者を「主役」に据えた準主観的描写によって描くという手法をこの本は取っているのだ。この本に出てくるこれらの植民者たちは、いずれも政治的・思想的・感情的・知的にどこか狂っている。そのように狂っている人々100人が、小さい社会の中で相互作用するというお話なのである。これは。

 リアリスティックなオムニバス形式のマッド・サイエンティストものとでもいうべきか。「素朴サイエンティストもの」という言葉をいま思いついたが。

1998/11/16

 たまたま続けて読んだ『アヴァロンの戦塵』との間に、1つの重要な共通点がある。どちらも100人規模の植民者のなかに、日本人が1人しかおらず(『アヴァロンの戦塵』では、船に乗り込んでいたのはもう少し多かったが、入植後に現地の生物に殺されたらしい)、独特な(オリエンタリズムに通じる)役割を課せられていることである。

 この『レッド・マーズ』では、植民計画の中心となるのがアメリカとロシアなので、最初の100人のうち70人がこの2つの国の構成員となることが最初から決まっている。しかし、アメリカ側の35人の中にアジア系アメリカ人はいなさそうなので、最初の100人はきわめて"white"だという印象がある。ストーリー上は、その後に続々とやってくる入植者たちの間での人種間緊張が1つの大きなテーマとなるので、最初の100人が"white"であるということ自体が、この本の重要な筋立ての1つである(一方『アヴァロンの戦塵』の方は単なるバカ)。

 いろいろ考えてみるに、やはりここらへんの著者の近未来の見切り方はかなり冷徹だと思う。やっぱり最初に大型宇宙船に乗って宇宙に乗りだしていく人々は「バカな白人100人」ということになるだろう、という諦念。

1998/11/17

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