川が死で満ちるとき

環境汚染が生んだ猛毒プランクトン

And The Waters Turned To Blood

ロドニー・T・バーカー / 草思社 / 98/11/05

★★★★★

陳腐な筋立ての小説、ではなく、驚くべき実話

 ノースカロライナ州に住むジョアン・バークホルダーという若手の水生植物学者が、魚の大量死を引き起こしていると思われる新種のプランクトン(渦鞭毛藻類[うずべんもうそうるい]、別名ダイノ)、フィエステリア・ピシシーダを発見した。その経緯と、州の衛生行政当局との緊張関係を描いたノンフィクション。

 この本は、マイクル・パーマーやロビン・クックなどのメディカル・サスペンスの愛好者にはお勧めである。まずこのプランクトンの挙動が凄い。魚を襲って殺すだけでなく、魚がいないときには形を変えて潜んでいる(発見が遅れた原因の1つ)。大気中に有毒ガスを発散させ、人間に対して肉体的な影響だけでなく、短期的な記憶喪失やら感情障害やらの精神的影響を及ぼす。メディカル・サスペンスやSFで、こういう架空の生物を考案したら「御都合主義的」と非難されるであろうことは確実である。最近ではマイクル・パーマーの『有毒地帯』が、人工的な生産物ではあるが、人間の精神面に影響を及ぼす毒ガスを巡る陰謀を扱っていたが、まさにあれとそっくりと症状。もちろん『有毒地帯』を読んだときには、「都合のいい毒ガスだなあ」という印象を抱いたわけなのだが……。208ページには、リン鉱石の採掘会社であるテキサスガルフ社に関する「うわさ」が引用されている。

オーモンドは話をつづけ、テキサスガルフ社に勤めている親友から聞いたという話を二人に教えた。テキサスガルフ社は環境保護団体や州政府からの圧力を受けて、一九九三年に工場敷地内に貯水池をつくり、リンの砕屑を沈澱処理することにした。しかしその親友の話によれば、たちまちテキサスガルフ社の従業員のあいだに失神や記憶の消失、その他新聞記事でフィエステリアのせいとされているのと同じようなさまざまな症状があらわれたという。

 411ページの、著者が魚介類の卸売業者から聞いた話。

「船を出すのを怖がっている者は大勢います。大勢なんて言葉じゃ足りないぐらいだ」。そして彼はさらに話をつづけた。「その上を通ると、吐き気をもよおす一帯、『死の領域』(デッド・ゾーン)があるんです。今年、私は二度ほどそんな目にあいました。ほかにも同じような目にあったやつがいます」。彼はまた、エビを捕る四五フィート(約14メートル)のトロール船の船員から、今年の夏、ある海域を通過した際に、乗組員全員が気絶したという話も聞いていた。文字どおり、全員デッキに倒れ込み、気がついたときは頭がぼうっとしていたのだという。

 もう1つの興味深い点は、バークホルダー博士と州の衛生行政当局との間の軋轢である。この本はバークホルダー博士の立場に立って書かれている本なので、当局の側にも言いたいことはいろいろとあるのだろうが、要するに小説にこういうことを書いたら「いくらなんでもこんなバカな役人や科学者はいないだろう」という感想を呼ぶことは必須の、ステレオタイプとでも言うべき、愚かな当局なのだ。

 1998年の時点で、この生物の詳しいことはいまだによくわかっていない。バークホルダーの推測では、この生物はおそらくは昔から存在していたが、ノースカロライナ州の水系の富栄養化をきっかけに大量発生するようになったもので、これまでプランクトンの大発生のせいで水中の酸素の量が低下することによって起こっていたとされる魚の大量死の多くのケースに絡んでいたものと思われる。人間に対する影響は逸話的にしかわかっていない。川であれ海であれ、魚が大量死していたらそれは異常なのであるから、水に入るのはもちろんのこと、近寄ることもやめた方がよい、という教訓。

1998/11/20

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