山谷ブルース

〈寄せ場〉の文化人類学

San'ya Blues

エドワード・ファウラー / 洋泉社 / 98/10/09

★★★★★

適切なスタンス

 著者はアメリカ人の学者。1990年前後に、山谷に泊まり込むなどして行った「文化人類学的取材」の体験をまとめたもの。

 この本は、外国人が日本について書いた本の中で、著者の取るスタンスという点ではトップクラスに入る適切さを持っているのではないかと思う。著者は山谷をうろついていろいろな話を収集する中で、基本的に、それが取材/研究活動の一環であるということを、さらには彼が学者であるということを隠している。このことが、彼のジャーナリスト的な要素の持つ倫理から見て正しくない行動であるという負い目がある。さらに、あらゆる文化人類学の研究に共通する問題(闖入者/部外者としての研究者)がある。しかし、これらの問題点は、著者自身が山谷の住人たちに近いという自覚があるということによって免罪される、と著者は信じていて、実のところそれはきわめて正しい(それが本気かどうかは措いといて、少なくともそういうポーズを取ることで免罪されるということをちゃんと見抜いていることは高く評価されるべきだ)。山谷に接するときの態度の曖昧さと、研究者という立場を離れての親近感が、普通のジャーナリスト、あるいは普通の研究者以上に、著者のスタンスの正当性を保証したとでもいうべきか。著者が外国人であるということが、山谷という場所に対して、最初からいくぶん客観的にアプローチできるという点で有利であるということは言うまでもない。

 このエドワード・ファウラーという人は要注目である。

 なお、この本は、訳者あとがきまで読み進めた時点で、実はこの本を訳していたのは、まさに山谷の住人に対する蔑視を支えているタイプの人だったのだということがわかる珍しい本である。よく出来たホラー小説のようで恐ろしい。まあ訳者のスタンスは措いといて、この本の登場人物たちのセリフの翻訳は大変だったろうと思う。日本のドヤ街に住む人々がどのようにしゃべるかという問題は、アメリカのミステリ小説の中の、ハーレムに住む黒人のセリフがどのように訳されるかという問題の鏡像である。この本はそのケース・スタディの1つとして興味深い。

1998/11/27

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