ワシントン戦略読本

ホワイトハウスの見える窓から

寺島実郎 / 新潮社 / 97/08/25

★★

ワシントンの事情通のコラム

 著者が『フォーサイト』に連載していた文章を中心にまとめたもの。1991年から1997年にかけての、アメリカを中心とした政治時局もの。

 もともとが短いエッセイであるから仕方がないのだが、著者の主観的な考えと客観的な事実がうまく分離されていないので、読んでいて困る。というか、「そうじゃないだろ!」という部分の「そうじゃなさ」が、どの程度、著者の教養知性の低さによるものなのか、問題の対象の抱えている問題なのかがよくわからない。

 その例として取り上げるのはあまりフェアではないのだが、まあ取り上げておこう。351ページの「戦争の意味を変える軍事情報技術革命」というセクションでは、話題を振るために、冒頭で映画『インディペンデンス・デイ』を紹介している。で、これはハリウッドの娯楽作品だが、「荒唐無稽と片づけることのできない部分がある。それは、この映画が、未来戦争としての究極の電子情報戦の有り方を暗示しているからだ」とある。

 いや、たしかにこの説明に間違いはない。たしかに未来の戦争は情報戦になるだろうし、それを受けて、著者がこの後に展開している議論のかなり納得のいくものだ。しかし、上記の文章を読んだ読者がすぐにわかるのは、「この人はコンピュータのことをわかっていない」ということである。というのも、映画『インディペンデンス・デイ』の一番荒唐無稽な箇所は、人間の作ったラップトップ・コンピュータが宇宙船のシステムにつながったこと、そして人間が宇宙人のシステムで有効に働くコンピュータ・ウイルスを手軽に作れてしまったことにあるからだ。これに比べれば、この映画のプロット全体は、むしろリアリティがあるとでもいうべきである。

 さきに、これはフェアでないと書いたように、上の段落でのケチの付け方は「言葉尻を捉えた」とでもいうべきもので、ことの本質とはあまり関係がない。しかし重要なのは、こういうことによってクレディビリティを落とすのを避ける書き方を、この人に限らず、すべての人は、するべきだということである。この問題は、この本全体に蔓延していて、いってみれば典型的な日本人ジャーナリストの書く文章になっているというべきか。主語がはっきりしておらず、次々と変わるために、誰がどう思っていて、何を言っているのかがよくわからず、全体として何となくかもし出されるムードの出所が不明である、という感じ。

 あとまあ、もう一つ付け加えれば、このタイプの文章が売り物になっているということじたいが、日本の抱えている問題なんだろうと思う。日本の文化の持つ閉鎖性が、こういうタイプの知識人の生きる糧となっている。これはひとごとではないのだが。

1998/4/3

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