帝国という幻想

「大東亜共栄圏」の思想と現実

ピーター・ドウス、小林英夫 / 青木書店 / 98/08/24

★★★

大東亜共栄圏という概念を巡る思想に関する論文集

 日米の研究者たちが、「大東亜共栄圏」という概念を巡る思想、という問題に焦点を当てて論じた論文集。序章「想像の帝国 - 東アジアにおける日本-」ピーター・ドウス。第1章「朝鮮観の形成 - 明治期の支配イメージ-」ピーター・ドウス、第2章「東亜同文書院とキリスト教ミッション・スクール - 半植民地下中国における外国教育機関との比較-」ダグラス・R・レイノルズ、第3章「引き裂かれたアイデンティティ - 東亜同文書院の精神史的考察-」栗田尚弥、第4章「ミクロネシアにおける日本の同化政策」マーク・R・ピーティ、第5章「植民帝国・日本の構成と満州国 -統治様式の遷移と統治人材の周流-」山室信一、第6章「東亜連盟運動 -その展開と東アジアのナショナリズム-」小林英夫、第7章「東条英機と「南方共栄圏」」後藤乾一。

 それぞれ小さい範囲に話題を絞った、ベーシックな研究論文。普通の人が読むには少しマニアックすぎるか。

 具体的な話はいずれも興味深いのだが、この本の特に面白い部分は、第2章と第3章にある。同じ東亜同文書院という題材を、アメリカ人と日本人の研究者が、微妙にずれた視点から論じている。この経緯については、「はじめに」に簡単な記述がある(6ページ)。

編者は、各執筆者に対して、必ずしも細かい点についての注文は出さなかったが、しかし上記の基本的な視点を貫くために、かなり厳しい討論も行った。それはおもに日本帝国の中に内在するさまざまな歴史事象の評価をめぐる日米間の研究者の見解の相違であった。細かい点や各執筆者固有の問題はさておくとしても、第2章と第3章の東亜同文書院をめぐる問題を例にとれば、在中欧米教育機関とキリスト教の関係、東亜同文書院における中国人学生の位置づけなどで、レイノルズ氏と栗田氏の間で微妙な見解の相違があった。

 この「相違」は普遍的なものなのだろうか? つまりアメリカ人研究者はみんなレイノルズ的立場をとり、日本人研究者はみんな栗田的立場をとるのだろうか? 中国人研究者は東亜同文書院をどのように位置づけているのか?

 ちなみにこの「相違」自体はそれほど予想外のものではなく、私としては栗田論文の方に圧倒的に共感するのだが、この2人が面と向かってこの問題について討論をしたのだとしたら、友達でいられているだろうか、と余計なことを心配した。

 アメリカ人よりも、中国、韓国、ミクロネシアなどの人々との共著の方が圧倒的に面白そうだという予感がした。

1999/1/8

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