プライバシー・クライシス

斎藤貴男 / 文藝春秋 / 99/01/20

★★★★

国民総背番号制度に関する概論

 プライバシー保護の立場から、国民総背番号制度の弊害を論じる。広いトピックがコンパクトにまとまっていてよい。

 特に興味深かったのは、NTTの「発信者電話番号表示サービス」(ナンバー・ディスプレイ)が、もともとNTTの法人営業本部で進められていたプロジェクトだったということだ。これは、このサービスが、迷惑電話への対抗手段としてよりも先に、電話によるサービスを提供する企業(ピザ宅配業者など)のためのものだったということを如実に示している。こういうことをちゃんと見つけ出してきて報道するのがまっとうなジャーナリズムである。

 本書の記述から、アメリカで出版されているオフショア金融センターやPTに関する文献が、personal freedomというものを必死になって唱えていることの理由を窺い知ることができた。アメリカ製のミステリ小説を読んでいるといくらでも抜け道がありそうな気がするのだが、特に現金で支払うのは不可能だったり、不審に思われるようなサービス(飛行機のチケット、レンタカー、モーテルなど)が増えてくると、本当に息が詰まるような感覚になってくるのだろう。

 しかしテクノロジーが進歩するにつれて、個人の識別とデータベースによる管理は避けられなくなるだろう。特に、分散データベースの技術が進むにつれ、各所に存在するデータベースに対してクロス・クエリを発行するのは簡単になっていく。ある友人は、データベースに対するクエリのログを完全に取り、それを個々人がいつでも自由に閲覧できるようにしておけば良いと言うのだが、124ページの記述を読むと、それもあまり有効ではないということがわかる。以下、124ページから。

九五年の夏、川崎市に住む市民運動家が、市の情報公開条例に基づいて住民基本台帳の閲覧希望者から提出された閲覧請求書の一部公開(二年分、宮前区のみ)を求めたことがある。長女が生まれてから自宅に届くDMの数が急にふえたのに疑問を抱いたのがキッカケだったそうだが、結果として彼は、行政に集積された個人のプライバシーが企業に踏みにじられている現実を、嫌というほど思い知らされることになった。
公開された閲覧請求書は全部で七百六十五件。やはりDM送付の目的が大部分だった。幼児・小学生向け学習教材のDM用途が多い明輝産業、教育ビデオの日本データネット……といった具合に、得意分野(得意先)がはっきりしているのも興味深い。

 この記述からは、公開を求めた当の市民運動家のデータが、765件の閲覧請求のうちの何件にヒットしていたのかは明らかではないし、これらの請求で何世帯のデータが閲覧されたのかもわからない。しかし、複数のデータベースに対して柔軟に電子的なクエリを発行できるようになれば、特定の国民一人がヒットするようなクエリが発行される回数は膨大な値になるだろうし、そういう中に悪意を持ったクエリをまぎれ込ませることは非常に簡単になるだろう。もちろん、事後的にクエリが発行されたことを発見しても遅すぎるようなケースも考えられる。

 リストがあれば、それが電子的なデータベースになるのは時間の問題である。データベースが複数あれば、それらが接続されるのは時間の問題である。私が生きている間は、それほど厄介な事態にならないことを願うばかりだ。

1999/3/28

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