AIソロモン最後の挨拶

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ジョン・マクラーレン / 東京創元社 / 99/03/19

★★★

他愛のない話だが、翻訳が

 他愛もないストーリーの軽い読み物。

 しかし、この本の翻訳には大いに問題がある。訳者は鈴木恵という人なのだが、それでもってこれはまったくの想像なのだが、いわゆる「ライト・ノベル」系文体が翻訳小説にまでやってきた、という感じなのだ。それほどあからさまではないのだが、また私は「ライト・ノベル」なんて読んだこともないので本当はこんなこと言えないのだが。なお、私には、やはりこの鈴木恵という人が訳しているマックス・マーロウの『大洪水』という本を、文体に耐えられなくて、途中で読むのを断念した経験がある。

 おそらく原著は、もうちょっとイギリス流のユーモア(著者はイギリス人)のきいた落ち着きのある文体だったのではないかと推測される。

 あと、翻訳技法上初めて見た暴挙を1つ。二人の人間が会話をしているときに、相手をどう呼ぶかということだ。日本人だと、たとえばタロウとハナコが会話をしているときに、こういう会話がありうる。

ハナコ: 「タロウの好きな人はだれ?」

タロウ: 「ぼくはハナコが好きだよ」

 しかし、英語だと、話し相手をこのように固有名詞で呼ぶことはなく、上の「タロウ」と「ハナコ」はどちらも普通は"you"である。まあ後者については、ものすごくドラマチックな愛の告白として"I love Hanako!"と海に向かって叫ぶというシチュエーションはありうるかもしれないが。

 通常、このような、会話の中での会話の参加者を指す代名詞の訳し方は、上の例のような固有名詞よりも、日本語に固有の、代名詞の役割を果たすような名詞が絡む場面で問題となってきた。

 簡単に思いつくものでは、会社の中での上司と部下の会話。英語では両方とも"you"を使っているが、日本語では、上司が部下を呼ぶときに「君」という代名詞ぐらいは使えるだろうが、部下が上司を呼ぶときにはどうしても「課長」とか「部長」とかにしたくなる。そもそも、上司と部下が話している場面に、日本語の尊敬語と謙譲語による上下関係を導入していいのか、という問題もあるけれども。別の例として、小さい子供が父親に向かって"I hate you!"と叫ぶ場面。つっぱっているティーンエージャーなら、後者を「てめえなんかくそ食らえ」としてもいいかもしれないが、5、6歳ぐらいの子供がこう叫んで逃げ去っていくというような場面を想定すると、どうしても「パパなんか大嫌いだ」というふうに「パパ」を補わなくてはならない。

 これらは翻訳技法として避けられないことと見なされているが、こういうテクニックを使うことで、会話が、どうもアメリカ人(あるいは別の国の人でもいいが)らしくなくなるという問題がある。

 と、ここまでは前置きで、なんと本書では、一番最初に出した「タロウの好きな人はだれ?」のような固有名詞の使い方をしているのである。たしかにこの小説は会話を地の文なしでポンポンとつなげているところが多いので、翻訳が難しかったのかもしれないが。

 最後に、この日本語タイトルは猛烈にださい。

1999/3/31

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