世界大不況への警告

The Return of Depression Economics

ポール・クルーグマン / 早川書房 / 99/07/31

★★★★

面白いのは面白いのだが

 先進国の中で唯一、日本が恐慌型経済に陥っていることから、この種の恐慌は発展途上国に固有のものではなく、先進国にも起こりうることなんだ、という警鐘を鳴らす本。日本は流動性の罠にはまっている、という彼の主張をグローバルに拡張している。

 彼は、自由市場というドグマとケインジアン的な政策が並立するべきであるという主張の理論的根拠として、需要不足をあげている。需要が恒久的に不足している経済では、自由市場はまともに働かない。自由市場を有効に機能させるために、需要を確保するような経済政策が必要なのである、と言いたいわけだが、ここらへんはなんか経済学者どうしの理屈付けの競争みたいな感じ。

 もう一つ興味深いのは、ここ数年の南米とアジアの金融危機のメカニズムと、それに対するアメリカやIMFの対応を説明した部分。このあたり、目新しいことではないけれども、さすがにクルーグマンの説明はわかりやすい。これらの国の金融危機は、金融市場が開放され、グローバルな投機的経済活動の対象となったために生じた。ではこういう事態が生じたときに、アメリカ財務省やIMFはどういう対策がとれるか? (p.192)

要するに、投機的行動は自らの行動を正当化する働きがあるため、危機に際しては、経済ファンダメンタルズを踏まえた経済政策だけでは十分ではないのである。それどころか、市場の信用を勝ち得るためには、賢明な政策どころか、まったくその逆の政策を実施しなければならない場合もあるのだ。(中略)
こうしてケインジアン・コンパクトは崩れ去ったのである。国際的な経済政策は経済学とほとんど無関係なもの、アマチュア心理学になってしまった。IMFとアメリカ財務省は救いを求めていた国々に、市場が好印象を抱くと思われる政策を実施するよう要求した。危機が起こるやいなや、経済学の教科書が捨てられてしまったのは、驚くべきことではなかった。
とはいえ残念なことに、教科書に書かれているような通常の経済問題が消え失せたわけではない。たとえば、ワシントンが正しかったとしよう。投資家のパニックに瀕した国は、壊滅的な危機を避けるために、金利を引き上げ、支出を削減し、その通貨を守らなくてはならないとしよう。そうだとしても、金融財政政策の引締めは過大評価された通貨と相まって景気後退を引き起こす。それに対してワシントンには、どのような対応策があるだろうか? まったくないのである。信用をめぐる市場とのゲームを繰り広げることのほうが、通常の経済政策よりも重要だと考えられているのである。これは狂気の沙汰のように思われるかもしれない――事実、そうなのである。

 「投機的行動は自らの行動を正当化する働きがあるため」というのは、投機家のパニック的な行動が、他の全員が同じ行動を取ることによって、結果として正しい行動になるということ。クルーグマンはこれらの状況への対処策として、ヘッジファンドを含めた投機的行動に対する規制を支持しているように見える。このような規制がない場合には、アマチュア心理学は、悪ではあるけれども、仕方がない、という立場のようで、まあ経済学者ならそう言うだろうな。

1999/8/23

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