サイレント・スクリーン

Private Screening

リチャード・ノース・パタースン / 扶桑社 / 99/07/30

★★★★★

あまりいい出来ではないが

 リチャード・ノース・パタースンが1985年に書いた本。パタースンという作家には『罪の段階』というリーガル・サスペンスの大傑作があり、この本もおおいに期待して買ったのだが、ちょっと期待外れだった。実はこれ、『罪の段階』の7年前に書かれたもので、しかもこの7年は執筆活動をしていない空白期間だったのである。

 にもかかわらず、この本に5つ星を付けているのは、やっぱり面白いということ、そしてその後のパタースンの作品との関連が重要だからである。

 おそらくこの作品の一番の問題は、ストーリーの軸にある設定が突飛にすぎるという点にある。ある男がサンフランシスコの新聞社社長夫人とロック歌手のマネージャーを誘拐し、新聞社社長とロック歌手がそれぞれある特定の善行を行わない限り公開処刑を行うというメッセージを、プライベートな衛星放送を通して国民に伝える。なんだこれは。あまりに突飛すぎるので、その背後にある論理もすぐにわかってしまう。つまり、この男が誰であり、どんな動機を持っているのか、ということも比較的早いうちにわかるのである。

 これはサスペンス小説としては大きな欠陥だ。しかしそれを救っているのが、登場人物たちの反応である。ここの部分はある意味で非常に巧妙であり、上記の欠陥を補ってあまりあるものと言えるかもしれない。え〜、要するに犯人の正体は「意外」である。往々にして、「意外な犯人」というものは読者にとっては意外でもなんでもなく、それを「意外」だと感じる登場人物たちがバカに見えてしまう。しかしこの小説の登場人物たちは、その「意外」な犯人の正体にうすうす気づいているのである。しかもそれぞれに、その正体を公言できないちょっとした理由があるので、小説の中でその正体が実際に明かされることは最後までない。つまり、物語が進行する中で、「意外な犯人」の正体を知っているという立場が、読者と登場人物たち数人の間で共有される、というわけだ。こういう仕掛けはめったに見られない。思いつくのは、万能型の探偵が、なぜかよくわからない理由から最後まで真犯人を名指ししない、という古めかしいタイプの本格推理小説ぐらいか。

 この仕掛けを成功させるための鍵は、登場人物たちが真犯人の正体を明かせない理由に説得力を持たせるという点にある。そしてその部分にこそ、パタースンの力量が発揮されるのである。つまり、登場人物たちの微妙な心の動き。

 この本だけではぴんと来ないかもしれないが、他の本を読むとわかる。パタースンは、登場人物が何かを公言できない理由、というのを作り出すのが非常にうまい。そしてこの『サイレント・スクリーン』ではこれが完全には成功していないのだが(実際、私が本書を読んだときにははっきりとは認識できなかった)、その後の本ではこれが大活躍する。

 もう一つ重要なのは、特徴的な物語の進行のさせかたである。メインのストーリーがあって、その間に、そのストーリーにからむ過去のエピソードが非常に適切なタイミングで挿入されていく。これはフラッシュバック形式とでも呼ばれるものかもしれないが、パタースンの特徴は、この過去に挿入されるエピソードが長く、ほとんどそれだけで一つの小説になりそうな重厚感を持っているということ、そしてこれらのエピソードとメインのストーリーの絡み方が非常に強いということである。この絡み方の強さは逆に欠点ともなりうる。過去のエピソードがメインのストーリーと強く絡んでいるということから、メインのストーリーのその後の展開が予想できてしまうのである。そんなことにおかまいなしの力業をやっているのが最近の2作"Silent Witness""No Safe Place"なのだが、この『サイレント・スクリーン』はちょっとばかし力不足かもしれない。

 本書では、メインのストーリーの背景となるエピソードは、誘拐事件の1年前に起こったジェイムズ・キルキャノン上院議員の暗殺事件である。その暗殺犯の弁護にあたるのがメイン・ストーリーの主人公となる弁護士、アントニー・ロード。ロードは心神喪失で無罪の判決を勝ち取る(ここまでで本書のほぼ半分を占めている。お腹いっぱいという感じ)。その一年後、キルキャノン上院議員の恋人だったロック歌手ステイシー・タラントは、自分のマネージャが誘拐されたときに、アントニー・ロードの助けを求める。

 残念ながら、本書では前半のエピソードの方がメイン・ストーリーよりも印象が強いので、全体としてちぐはぐな印象を与える。しかし、前半のリーガル・サスペンスの部分がよく書けすぎているというふうに言えるかもしれない。

 いずれにせよ、本書は非常に重要な作品である。

 訳者あとがきより、著作リスト

 The Lasko Tangent(ラスコの死角)、1979

 The Outside Man(アウトサイド・マン)、1981

 Escape The Night、1983

 Private Screening(サイレント・スクリーン)、1985

 Degree of Guilt(罪の段階)、1992

 Eyes of A Child、1995

 The Final Judgement、1995

 Silent Witness、1997

 No Safe Place、1998

1999/8/23

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