『ザ・レイプ・オブ・南京』の研究

中国における「情報戦」の手口と戦略

藤岡信勝、東中野修道 / 祥伝社 / 99/09/10

★★

しんどい本

 Iris Changの"The Rape of Nanking"に対する反論と、日本における柏書房との出版契約の決裂に至る経緯。

 私は"The Rape of Nanking"は途中で投げ出した。つまり、これが良くない本であるという点については賛成なのだが、それを批判するためにわざわざ同じレベルになる必要はあるのだろうか? というのはレトリックで、この著者らは最初からそのレベルなのだった。

 厄介なことに、著者らの指摘は、事実レベルでは結構正しい部分もある。そして、柏書房の対処は、Chang側から、検閲であると批判されている。なんとも面倒くさい状況である。

 以下、Changの著作を読んでいない人のために、この本に書かれているChangの著作に対する批判についてコメントしておくことにする。なお、本書の内容はハードカバー版の初版をベースにしているが、以下のコメントは"The Rape of Nanking"のペーパーバック版をベースにする。このことからわかるように、私の意図は本書でのChang批判を反批判することよりも、Changの著書を読んでいない人のための判断材料を提供することにある。また、私は南京事件マニアであることをやめてすでに10年以上経つので、南京事件そのものに関するコメントをあまり信用してもらってもこまる。細かいところは他のソースで確認をとっていただきたい。

 なお、この本(『「ザ・レイプ・オブ・南京」の研究』)は「この本」または「本書」、Changの"The Rape of Nanking"は「Changの本」と呼ぶことにする。

写真
反論1
反論2
反論3
反論4
反論5
歴史書としてのレベル
まとめと感想

写真

 本書の第2章はChangの本に掲載されている写真の信頼性を扱っている。掲載する写真の吟味をChangが怠ったのはまず間違いないと思う。しかし、著者らが間違いをポジティブに同定しているものは別として、「出典が確認できない」としてそれがインチキであると示唆するレトリックには感心できない。もちろんChangが写真の出所を細かいところまで明記していないというところに問題の根源があるのだが。

 108ページには、「下半身を裸にされた女性の陰部に、棒状のものが突き立てられている」写真について、「このような猟奇的所業は、中国人がしばしば行なってきたもので、日本人の習慣にはない」という記述があるが、このような所業は当時上海から南京へと進軍していた日本人兵士が実際に行っていたことであり、信頼できる証言も多くある。

 やはり108ページに、「結論を言おう。チャン本の写真には、南京虐殺を証明するものは、ただの一枚も存在しない」とある。しかし、Changはこれらの写真を「証明」に使おうとしているのではない。実際、これらの写真は本の真ん中あたりにまとめて挿入されているもので、本文とはまったく独立している。また、これらの写真に対する注釈も、個々の写真の下の短い解説文に限られている。

 しかし著者らは、「南京虐殺を証明する」写真というとき、いったいどんなものを想定しているのだろうか? また、誰がそのような写真を撮ると?

第3章「五つの主張に反論する」の主張(1)「日本軍は二六万人から三七万人の市民を虐殺した」

 p.111では、Changの本の46ページからの引用文がある。ここの部分の記述は、Changの本の脚注によると、南京大学の歴史学部の研究者の論文によっており、この本で後に示唆されているように、東京裁判の判決によったものではない(ただし、引用元の論文が東京裁判の判決によっていた可能性はある)。

 なお、112ページあたりから、陥落直後の南京の、安全地帯の外の地域の状態についての説明がある。これは指摘する必要もないほど明白だと思うが、南京城内に入った日本兵が、城内が「森閑」としていると感じたのは、兵士も市民も含めて大多数の人が隠れていたからである。陥落した街に軍隊が入ってくるというときに街角で騒いでいるなんてことがありえないのは当然のことだろう。実際、日本軍は12月13日に城内に侵入した直後から、安全地帯の外に潜伏している敗残兵の狩り出しを開始している。

死者数

 122ページから、Changが出した26万という数字に対する批判が記されている。これに関する著者らの批判はかなり正当で、Changがこの東京裁判に提出された記録を扱う方法をちゃんと吟味していなかったことを示している。しかし、Changはこれを必ずしも独立した主張として行っているのではない。Changの本をフェアに扱うためには、Changの本の99ページから始まる"The Death Toll"というセクションを最初から追っていかなくてはならない(ただし、以下の説明からわかるように、Changのこの提示のしかた自体にある種の意図がある)。

 "The Death Toll"というセクションでは、この南京事件での死者数を扱う研究が取り上げられている。まず100ページの1つのパラグラフで、430000、300000、260000、200000、50000-60000、38000-42000、3000などの説があるということがさっと紹介される(もちろん最後の2つが日本人が出している数値だということはちゃんと書かれている)。その次のパラグラフで、この人以上に徹底的な研究をした人は他にいないだろうという書き出しで、Jiangsu Academy of Social SciencesのSun Zhaiweiの227400人以上という数字が紹介される。Sunは、陥落時の南京の人口として、兵士は90000人、市民をあわせた人数は600000〜700000人という値を推定しているらしい。次のパラグラフでは、Sunが埋葬記録をもとに行った研究を紹介し、埋葬記録だけをベースにしても死者は227400人を超えていたとしている。

 その次のパラグラフでは、上記のSunの研究が埋葬記録だけをベースにしたものであるから、これに埋葬記録に残っていない人数を加えれば、377400人になるとしている。これは、本書の127ページ「太田少佐供述書の不思議」で取り上げられている撫順戦犯管理所での太田壽男少佐の供述書に、揚子江への死体投棄が15万人分あったという供述があるということをもとに、その15万人を足したわけである。周知のとおり、戦後、中国の戦犯管理所に収容されていた人々の供述書に信頼性があるかどうかは一般論として難しいところであり、本書のこのセクションにあるように、この太田少佐の供述は灰色というよりは黒に近いと私も思う。

 しかし、Changはこのような論争があることを知っており、次のセクションは「疑い深い者が太田の告白を嘘として却下したとしても……」という節で始まる。そして、この告白が嘘だったとしても死者は20万人を超えており、このことは私が発見した東京裁判の記録からもcollaborateされる、として、自ら計算した26万人という数字を出してきたのだ。なお、この後も、中国人研究者による30万人以上の数字を2つ紹介し、最後に、後にも触れる広田弘毅外務大臣の電報を紹介して、日本人自らが30万人以上という数字を出しているんだ、とこのセクションを(また章を)締めくくる。

 このように、Changは20万人以上、あるいは30万人以上という死者数を示唆する研究と証拠の1つとして、自分の計算を出しているのであり、しかもその内容を詳しく説明するわけではなく、単に足し算をした表を1つ示しただけなのだ。なお、私はこのような扱い方(単に足し合わせる)は(本書の著者と同様に)非常にまずいと思うが、おそらくこれは中国人研究者の間ではそれほど変なことではないのだと思われる。103ページのJames YinとShi Youngの研究を紹介しているパラグラフでは、他の専門家の中には、これらの統計情報に大きなオーバーラップがあると考えている人々がいるが、YinとYoungはそれを否定している、という説明を付け加えている。

 Changの本全体にいえることだが、Changのセーフティ・ネットの張りかたは巧妙で、本書の著者らなどとは比べ物にならない。このケースでは、自分の出した数値に対する弁解を、かなり離れたパラグラフに、別のコンテキストの中で書いているわけだ。私は逆にこの巧妙さを気持ち悪いと思ったぐらいである。

南京の人口

 本書の133ページから始まる「そもそも南京には、どれだけの人々がいたのか」では、Changが、南京残留市民の数が60万人だったと述べているというが、これは上述のSun Zhaiweiの論文に基づく数値であり、兵士も含めての数である。また、もしかしたら70万人に達していたかもしれないと示唆している。避難民が25万人だったというのはラーベによる。「これは南京市内に残った人口のほぼ半分だった」というのは、この2つの数値をもとにChangが独自に引き算をした結果だと思われる。

 なお、60万人という数値は、日本軍が進軍してくるにつれ近郊から南京市内に入ってきた難民の数を数十万人規模と見ていることを示しているが、その根拠は不明。

第3章「五つの主張に反論する」の主張(2)「日本軍は二万から八万の婦女子を強姦した」

 Changは強姦の被害者の人数として2万から8万という数値を出している。Changの本の89ページの記述の注を見ると、2万という数字は、国際安全区委員会の幹事、YMCA書記長のフィッチの回想録をベースにしている。これはラーベも述べる数値で、東京裁判でも採用された。8万という数字は、Journal of Studies of Japanese Aggression Against China(August 1990): 74のLi En-Hanの論文、"Questions of How Many Chinese Were Killed by the Japanese Army in the Great Nanking Massacre"をベースにしているようだ(注の書き方が不明瞭なのでよくわからないが、たぶんそうだろう)。

 本書の「「日本兵」に扮した中国人による狂言である可能性が限りなく高い」という議論は、誰が見てもちょっと無理がありすぎると思うはずなので、批判はよしておく。が、1つだけ。本書169ページに、ラーベの日記に、『日本兵』はモーゼル銃を手にして出没したという記述があることをベースに、日本兵はモーゼル銃を使用していなかったのだから、それは中国人であるという主張があるけれども、周知のとおり日本兵は中国人を武装解除して武器などを徴発したのである。もちろん陥落時に中国人が捨てた武器も再利用したはずだ。

第3章「五つの主張に反論する」の主張(3)「「南京虐殺」は天皇を中心として計画に仕組まれた」

 まず、本書171ページに紹介されているChangの本173ページの「南京虐殺は計画的であった。政策であった」という節は、United Pressの記者として東京裁判を取材したBrackmanの"The Other Nuremberg" p.182からの引用である。ちゃんと引用符が付いている。またChangの本177ページの「バーガミニの主張によれば……」は、もちろんバーガミニの主張である。

 本書176ページから始まる広田外相の電文の問題。これについてはハードカバー出版後にあった批判を受けて、Changはペーパーバック版の注でフォローして、これがティンパーリの書いたものであることを記し、次の文を追加している。"The significance of this message is that the Japanese government not only knew about the 300 000 figure given by Timperley but tried to suppress the information at the time."。しかし私は、これは言い訳になっていないと思う。

第3章「五つの主張に反論する」の主張(4)「日本の歴史教科書は「南京虐殺」を記載していない」

 本書202ページの「チャンの真の狙いは何か」には、「チャンは、日本の教科書は書いてないと主張することで、「いいえ、日本の教科書は南京虐殺を記しています」という日本側の反論を引き出そうとしたのではなかろうか。そうすることで日本も南京虐殺を認めていると日本自らの口から言わしめ、それなら日本政府は謝罪すべきだという世界世論が高まるのを狙ったのではなかろうか」という記述があるが、Changの本の第10章"The Forgotten Holocaust: A Second Rape"を見ると、そういう深謀遠慮があったという感じはしない。単に日本の左翼言論人(本書の著者なら「自虐史観の持ち主」と呼ぶであろうような人々)の言っていることをそのまま鵜呑みにしたということだろう。

第3章「五つの主張に反論する」の主張(5)「日本政府は公式に謝罪し、補償すべきである」

 206ページに、Changの本の183ページには「中華人民共和国は戦時中の犯罪にたいする国家補償を求める権利を放棄するような条約を日本と締結したことはない」と述べているとしているが、これは国際的な人権派弁護士、Karen Parkerに対する電話インタビューでの言葉である。さらに続けて、そのような条約が結ばれたとしても、個々の犠牲者が補償を要求する権利はなくならない、としている。

 本書のこのセクションは微妙な問題を避けて通っている。Changの上記の引用箇所は、南京大虐殺の被害者が中国政府から見捨てられているという文脈で出てくるのだ。つまり、日本政府が中華人民共和国と条約を結ぼうと、中華人民共和国に対してODA援助を行おうと、犠牲者には金が行かないということである。Changの本には、南京の住民が、最初は国民党の軍に見捨てられ、今度は共産党の政府に見捨てられたという意味合いの記述がある。

 私は、個人が、他国の政府に対して、戦争で受けた被害について賠償を求めるというのは筋が通らないと思うけれども、ここでは果たして一連のアジアへの侵略が「戦争」だったのかという問題が絡んでくるので難しい。Karen Parkerの上述の判断は、もしかしたらここの点を突いているのではないかと思うが、確信はない。

第3章(2) 歴史書としてのレベルを問う

 ここの部分は、著者らの言いがかりとしか思えない箇所もあるけれども、だいたいにおいて正当な批判だと思う。バーガミニの『天皇の陰謀』を引用したこと自体が大きな間違いだったといえる。ただしChangは、バーガミニの本に対する批判が多く、研究者の世界では真面目には受け止められていない、ということをちゃんと記しているので言い抜けは可能なのだが、Changの本の全体的なトーンがバーガミニに強く影響を受けているという感じがする。

 著者らの批判に対して、Changはおそらく、"The Rape of Nanking"はジャーナリスティックな本なのであって、そもそも歴史書ではないと反論するだろう。

まとめと感想

 本書は、Changの本"The Rape of Nanking"を批判するというスタンスで書かれているが、その批判の中には適切なものもあれば、そうでないものもある。

 Changが日本の社会と歴史に強くないというのはまったくその通りである。このことが特に問題になっているのは、"Introduction"と、第1章の"The Path to Nanking"、第10部の"The Forgotten Holocaust: A Second Rape"などだ。仮に本書で指摘されているような事実関係の間違いなどがすべて修正されたとしても、全体的なトーンはやっぱり中学生の作文という感じで、さらに厄介なのは、それが「戦後民主主義/歴史教科書/自虐史観」と自由主義史観派が呼ぶような内容そのままだということである。私は自由主義史観派の主張の多くを受け入れないが、少なくとも1つだけ賛成することはある。それは、彼らが「自虐史観」と呼ぶ、40年ぐらい前の硬直した左翼言説が外国人に広く受け入れられているらしい、ということで、Changの本はその典型的な例だ。しかしそう考えてみると、一般外国人向けのポピュラー本としては、このていどのレベルでも構わないのかもしれない、とも思う。どのみち、本の核となる部分ではないのだし。

 ではChangの本の核となる、南京事件前後の状況についての記述はどうか。

 上で述べてきたことからもわかるように、著者らがChangの主張として批判している見解のいくつかは、他の人の見解を引用したという形で提示されているものである。したがってそれらは必ずしも「Changの主張」ではないという言い抜けがChangの側には可能である。しかし、Changは自著の中で、これらの引用したものの中の、自分の意図に沿う主張が「正しい」という印象を与えようとしている、と私には感じられた。たとえばバーガミニの文章を引用するとき、Changはバーガミニの本が学界では受け入れられていないという注釈を付けつつも、その引用文が与える効果をうまく利用して話を続けている。また、前に述べた、南京大虐殺における被害者の数の諸説を論じている箇所も実に巧妙だ。その点で、Changの物書きとしての技術は、本書の著者らよりもはるかに上質である。

 実は、"The Rape of Nanking"の中には、Chang独自の主張と思われる情報は少ない。これは、Changが研究者ではないということを考えれば当然のことだ。しかし、その数少ない例の1つである、東京裁判の数値をもとに犠牲者の数を出す計算方法(「反論1」を参照)が問題含みであるというのは大きなダメージである。該当箇所で述べたように、この方法(単純に値を足す)が中国人研究者の間で一般的に行われているという可能性はあるにせよ、この素朴なやり方を無批判にとっていることは、Changが日本で行われている議論に目を通していないか、意図的に無視していることを示している。

 なお、"The Rape of Nanking"の間違いについては、まぼろし派の人が次のようなリストを作っている。

「南京大虐殺はウソだ!」の中のページ

 このリストには言いがかりというべきものや、「間違い」というよりは「解釈の相違」というべきものも多く含まれており、また上で述べた「引用文中の誤り」もあるけれども、いちいちチェックする気はいまはない。

1999/9/6

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