おじいちゃん戦争のこと教えて

孫娘からの質問状

中條高徳 / 致知出版社 / 98/12/25

★★★

素朴な形での自由主義史観

 著者はアサヒビール名誉顧問。1927年生まれ。陸軍士官学校出だが、終戦のために戦地には行かず、その後、旧制松本高等学校、学習院大学、アサヒビールという道を辿って副社長にまで昇進した。親の転勤でニューヨークの高校に通っていた孫娘から、学校の歴史の授業の資料に使うので、本人のそれまでの人生を軸に、日本の辿ってきた道を語ってほしいという要請を受けて書いた文章を本にしたもの。次の文章が印象的だった(p.17)。

といっても、私はすでに齢七十を越えた。戦後の五十有余年を生きてきたのである。戦争のただなかでは見えなかったものが、いまは見えているということもある。ありのままとはいっても、その後に加わった知見をまったく排除するわけにはいかない。
だが、それでいいのではないかと考えた。私の体験と考えは私固有のものであって、同じ戦争をくぐり抜けたとはいっても、まったく異なった体験を持ち、異なった考え方をする人もいるに違いない。その後に加わった考えや史観も、人それぞれである。それらを含めて、それはありのままなのである。それぞれの見方・考え方を含めたありのままを投げ出し合い、批判し合うところに普遍性が生まれ、その上に確かな近現代史が構築されていくのだ。

 それでまあ、いわゆる自由主義史観の素朴な形の信念が綴られていく。

 この本は、自らの人生について語るという形をとっているが、そのときそのときにどう考え、どう感じていたかということがあまり語られず、だいたいいまの時点から振り返った再解釈のみが語られている。おそらく、この人はアサヒビールに入社するまでに何度か思想上の激動を体験したはずなのだが、入社して働き始めてからはいっさいそういうことを考えるのをやめ、会社の中で成功して引退するというときになって、ちょうど世の中に現れてきたナショナリズム的な考え方にさらされて、免疫がなかったためにすっかりやられたんだろう。経歴を見ると、この人はこういう考え方を一番素直に受け入れやすい世代とタイプに属していることがわかる。

 ある意味で、戦後日本人は、このような人たちが早くいなくなってくれることを祈りながら時間稼ぎをしてきたといえる。なのに、こういう形で孫娘に伝えてもらっちゃ困るのだ。

1999/9/14

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