拒絶された原爆展

歴史のなかの「エノラ・ゲイ」

An Exhibit Denied: Lobbying the History of Enola Gay

マーティン・ハーウィット / みすず書房 / 97/07/31

★★★★

論争のタネとなった原爆展を企画した館長による、とても細かい記録

 1995年、スミソニアン航空宇宙博物館で企画されたエノラ・ゲイを中心とする原爆展が、議会や軍人会の圧力で中止に追い込まれた。この本の著者は、協会長による圧力を受けて辞任した当時の館長である。

 まず驚くのは、事件当時の記録がとても細かく残っているということだ。やり取りした手紙とかメモなどがいちいち引用されていて、この本がこれだけ分厚くなっているのはこれが原因である。著者は、この展覧会がいつか問題になると予感していたのかもしれない(こういう記録が残っているのは、アメリカのこの種の機関では当然のことなのかもしれないのだが)。そして著者はあまりに激しい攻撃にさらされたので、自分の身を守るために、手元にある証拠はできるだけ多く見せたいと思ったのに違いない。事件の経緯を読んでいると、そう思ってもしかたがないと感じられる。

 興味深いのは、というよりも「やっぱり」というべきか、著者の立場は実のところ決して非アメリカ的ではない。むしろ原爆展の直接の担当者だった(少しリベラルがかった)館員を保守派の立場から押さえつけにかかっていた。それなのに中止、辞任に追い込まれたということに彼はさぞかし腹を立てたことだろう。

 この本を読み終えてわかったこと。結局のところこのスミソニアン論争は、アメリカのメディアが状況をちゃんと見極めることなく報道を行い、それがmedia frenzyとなって増幅したというものである。著者の歴史観は、議会や軍人会の中道派あたりの歴史観と、おそらくはそれほど変わらない。違いは、著者は歴史学者、兼、公共の博物館の管理者であり、議会と軍人会は利益団体として機能するものであるという点にある。そして、アメリカの歴史学者は十分な影響力を及ぼせず、メディアはあまり何も考えずに、軍人会の側の影響を強く受けて報道を行ったので、収拾がつかなくなったのである。

 この事件が日本においてどのように報道されたのかはよく知らないのだが、はっきりと言えることは一つある。この原爆展が元館長である著者の企画どおりに行われていたら(といってもその企画は時が経つにつれてかなり変化していく。最後の方の企画、といっておこう)、一般的な日本人なら腹を立てるような展示になっていたことだろう。この原爆展が中止に追い込まれたことの意味は、アメリカのメディアが、この事件の当事者たちのコミュニケーションを歪めたということであり、いってみれば日本とはまったく関係のない話である。もちろんこの論争に伴って、日本に対する悪感情が再燃したという効果はあっただろうけれども。

関連サイト

NHKによる「スミソニアン幻の原爆展」

中心に追い込まれた台本をベースに、NHKが作成した「仮想展覧会」。いい企画だが、英語版のページがなんか変だ。

The Air Force Associationによる"The Enola Gay Debate"

スミソニアン航空宇宙博物館の公式の展示の紹介

1998/4/16

 検索エンジンからここにジャンプしてくる人がそこそこいるようなので補足しておく。『アメリカの中のヒロシマ』はアメリカにおける原爆の受容についての歴史である。精神分析的なアプローチをしているという点が難点。『戦争と正義』は、アメリカ内のリベラル派による、スミソニアン事件の総括。彼らの限界が透けて見えて興味深い。

1999/10/11

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