経済対立は誰が起こすのか

国際経済学の正しい使い方

野口旭 / 筑摩書房 / 98/01/20

★★

あまりに素朴に見える

 クリントン政権に入り込んだ、アメリカの「戦略的貿易論」の論者たちの言っていることは「トンデモ本」の類であると指摘している本。実際に本の中で「トンデモ本」という言葉を使っており、私の見るところ、典型的な「と学会的本」になっている。

 この本の「と学会性」は、次のような構造になっている。アメリカの戦略的貿易論者は国際経済学のきわめて基本的な事柄を知らないまま、日本の対米貿易黒字を悪いものであると批判し、「高付加価値産業」や「産業の国際競争力」といった国際経済学上はあまり根拠のない概念をベースにして保護貿易を推進しようとしている。世の中にはまともな経済学者がいて、こうした動きに対して反対の声をあげたけれども、残念ながらこれらの戦略的貿易論者はクリントン政権と密着しており、発言力が大きい。そもそも彼らは国際収支の見方や比較優位の概念を知らないまま奇妙なことをいっている。そのことを指摘しよう、というわけである。

 その結果、この本の全体的な印象は、おそろしくナイーブなものになっている。榊原英資の『進歩主義からの訣別』の方がまだ意義があるといったら、著者はそうとうな侮辱だと思うだろうけど、そういっておこう。

 私はアメリカの戦略的貿易論者たちがどういうことを言っているのかよく知らない。おそらく、著者が指摘するように、誤りと混乱に満ちたものが多いんだろう。しかし当然ながら、これに応えるためにひたすら比較優位の概念の説明をしていても問題の解決にはならない。というか、その段階で終わっていては、この本『経済対立は誰が起こすのか』じたいがトンデモ本になってしまう。「と学会性」(私の造語)とは、トンデモ本を批判しようとして自らスペクトルの逆の極でのトンデモ本になってしまうという行動パターンのことである。

 対米貿易黒字の意味に関する指摘はいいのだが、本書での比較優位に関する議論は、リカード以降に現れたもろもろの事柄をまったく押さえていない。たとえばテクノロジーや知的所有物や人的資源の非流動性、教育環境に対するインパクト、情報のインフラストラクチャが他の産業に与える影響、金融マーケットの膨張などなど。国際経済学の内情をよく知らないのだが、この本だけを読むと、国際経済学はいまの世界が直面しているもろもろの問題を正面から捉える(というかおそらく定量化する)能力を持っていないのだという印象を受ける。まさかそんなことはないと思うので(もしかしたらそうなのかもしれないが)、この本ではわざと省略しているのだろう。うーむきわめて「と学会的」である。アメリカの戦略的貿易論者たちの、たとえば「高付加価値産業」という概念がアメリカ国民の支持を得たのは、人々が直感的に、というよりも日常的な経験のなかで、この概念には意味があると思ったからに他ならない。この概念が国際経済学の枠組みの中で把握、定量化できないというのは、単に国際経済学者の諦めの表明にしか過ぎないのだ。

1998/4/17

 『クルーグマンの良い経済学悪い経済学』がこの本のネタ本であるらしいことを発見。あちらの方がずっと先のところまで論じているので、お勧め。

1999/1/8

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