パナマの仕立屋

Tailor of Panama, The

ジョン・ル・カレ / 集英社 / 1999/10/31

★★★

うーむこれはきつい

 ジョン・ル・カレの最新作。パナマに住むイギリス人の仕立て屋(テイラー)が、英国情報部員のスパイとなり、情報をでっちあげていくうちに苦境に陥る。おそらくこの本の価値は文章の巧妙さにしかなく、その感触は翻訳文ではわからないのだろう。これは小説家が大幅なリライトを含めて「超訳」するべき小説だと思う。率直にいって、本書の訳文は悪文としての魅力も備えていない悪文だった。

 英国の情報部のパナマにおける活動という「辺境」感を押し出すという趣向は、主人公のあまりにケチな前歴とか、情報部員や大使館員たちの愚かさなどを含めて、それなりに面白かったのだけれども、フリーマントルの新しい話題(ロシアとかプロファイラーとかアメリカ製現代的警察小説とか)を消化しようとする前向きな態度と比べたときにどっちが好きかと問われたら、私はフリーマントルの方を選ぶ。

 大胆な要約をすると、この本のテーマは「コントロールできないこと」である。掌握していると思っていた事柄が意図しない展開をしていくという構図が、主人公のテイラーのレベルから、入れ子のような形で上のレベルに遡っていって、最終的に登場人物の誰もがコントロールできない神という形でアメリカが出てくる。そのようなテーマが、英国の情報機関の一般的な意味での影響力の衰退、パナマという土地における具体的な意味での影響力の弱さといった事情を背景にして語られる。まあそのような発想はいいとして、本書ではそのコントロールのできなさを引き起こす原因が、ほぼ個々人の無能さにしかない。普通、スパイ小説は、有能な人が混沌とした事態に対処しようとするという物語なので、この本はスパイ小説に対するラディカルなアンチテーゼなのである。

 思い出したのは、ピーター・ガドルの『長い雨』という小説。この小説では、主人公の中年弁護士が少年を車で轢いてしまうが、別の人物が逮捕されたために自首するきっかけを失い、あらゆる理由から時間が経てば経つほど悲惨な事態になることがわかりきっているのに、のんびりと葡萄の世話などをしている。こういう話を成功させるための鍵は、彼が適切な対処をできないでいることを、いかに説得力ある形で描くかという点にあるのだが、この『長い雨』はそれに成功した傑作だった。一方、この『パナマの仕立屋』の登場人物の不適切な対処、すなわち無能さが、説得力ある形で描かれていたかというと、そうとは思えなかった。その結果、私は本書から、登場人物たちが不合理な行動をする安っぽいハリウッド製アクション映画のような印象を受けた。あるいは、殺されるのがわかりきっているのに、夜中に一人で屋外に出て行く被害者が続々と出てくるスプラッター映画。人物の不合理な行動は、合理的な行動よりも描くのが難しいのだ。

1999/11/22

 本作が映画化されたものが『テイラー・オブ・パナマ』。ル・カレ本人が製作と脚本に関わっているのだが、原作とはずいぶん違った印象を与える軽いタッチの映画になっていた。

2001/12/08

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