同盟漂流

船橋洋一 / 岩波書店 / 97/11/18

★★

暗澹たる思いにさせられる本

 1994年頃から1996年頃までの日米外交の様子を描いたノンフィクション。この時期に何があったかというと、1995年に沖縄でアメリカの海兵隊員による少女暴行事件があり、これをきっかけに在日米軍基地の移転という話題がホットになった。1996年に中台危機があり、沖縄にいる米軍の意味合いが改めて注目された。この本は、この時期のアメリカと日本の政治家と外交実務の担当者たちの活動を描いたものである。ちなみに大田沖縄県知事に関する記述も多い。

 この本を読んで暗澹たる思いにさせられたのは、次の2点である。まず第一に、この本をたとえばボブ・ウッドワードの著作と比べると、その質に大きな落差が感じられること。第二に、この本が映し出している状況が悲惨であり、その悲惨さに著者が荷担しているように見えること。

 質の悪さについて。この本は、男性向け週刊誌に載っているような古臭い実録事件ものと変わらないものである。「彼はこのときにこう考えてこのような行動をとった」という記述の裏付けをどうやってとるか、裏付けをとったことを文章の中にどうやって示すか、というあたりにまったく配慮がなされておらず、読者としては、ここに書かれていることをどこまで信用すればいいのかわからない。これはノンフィクションとしては致命的だ。もちろん、著者はさまざまな人に取材をした結果として得られた全体像を提示しているつもりなんだろう。しかしだよ。たとえば141ページ、大田沖縄県知事と橋本首相が中華料理店で夕食をともにしたときの描写。

橋本は自分のグラスを次々に飲み干し、大田のグラスに紹興酒をなみなみとついだ。
「ほう、紹興加飯酒です、これはうまいんですよね」
負けん気の強い大田は、ついピッチが上がった。
上海料理である。
フカの鰭、海鼠、エビの揚げ物、それから蟹がテーブルを飾った。橋本も大田も、上海蟹をしゃぶった。

 文体がほとんどノベルス小説だというのはおいといて、なんなんだこれは。大田知事がインタビューで、「いや、私は負けん気が強いもので、ついついピッチが上がったんですよね」と言ったのか、橋本首相がインタビューで、「大田知事はどうやら負けん気が強いようで、ピッチが上がってましたね」と言ったのか、同行していたかもしれな秘書が「いやあ、大田さんは負けん気が強いから、ピッチ上げてましたよ」と言ったのか。真実がいずれであるのかはあまり問題ではない。この記述に信用が置けないということが問題なのだ。こういうような記述ばっかりだから、おそらく正しいことを書いてあるであろう箇所も信頼できなくなる。

 状況の悲惨さについて。ちょうど上で引用しているから、この中華料理店での夕食を例にとろう。記述はまったくないけれども、この夕食は公費で行われたものだろうと思う(単なる個人的な印象です)。まあ別に公費で行われたものでなくてもいい。この本に描かれている、日米関係に関する意思決定や交渉は、その大部分が上で引用したような場とセッティングで行われている。この本を通じて、日本国民が日米関係についてどう考えているかという記述はまったくないといってよく、言及されるとすれば、それは官僚と政治家が操作する対象として、である。たしかにこれが現状なのだろうけれども、この本全体を流れている印象は、著者がこの状況にまったく疑問を抱いていないということだ。著者がこの状況にどっぷりとはまっているからこそ、他の要素が入ってきていないという因果関係もあるだろう。これが、状況の悲惨さと、著者のこれに対する荷担である。

 この本では、日米関係という重要な課題に取り組む官僚たちの姿が、国家を背負って立つ英雄のように描かれている。しかし、私がこれを読んだ感想は、こんな奴らに勝手にやってもらっては困る、というものでしかなかった。著者の船橋洋一は、明らかに、自分はこういう奴らの仲間だと思っている。それはたとえば、橋本首相が、アメリカ側が持ち出してきた海上ヘリポート構想を、かなり前からゼネコンがらみで準備していたという問題に対する意図的な無視に現れている。別にこれを糾弾せよとは言わないが、隠れて準備していたことを、首相が対米交渉においてかっこいいトリックを使った、みたいに扱うのはやめてほしい。

1998/4/21

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