ユーゴスラヴィア多民族戦争の情報像

学者の冒険

岩田昌征 / 御茶ノ水書房 / 99/08/16

★★★★★

ユーゴスラヴィアに関する熱い本

 著者はポーランドやユーゴスラヴィアなどの社会主義経済体制を専門とする学者。本書は『情況』などの雑誌に1996年から1999年にかけて掲載された小論をまとめたもの。1990年代初頭のユーゴスラヴィア戦争から1999年のコソヴォ問題を巡るNATOによるユーゴスラヴィア空爆までを扱い、西欧のメディアがセルビア人の言い分を十分に取り上げていないという視点から、各民族の置かれている状況を「フェア」に論じているが、その結果として他の言論と比べるとセルビア人寄りになっている。特にメインストリームのメディアでは一方的に悪人呼ばわりされているミロシェヴィッチ大統領のいくつかのアクションを好意的に論じているところは珍しい。

 本書で批判されているような西欧のメディアの偏りがそのまま素直に出ている映画が『ウェルカム・トゥ・サラエボ』だったが、本書の第4章「旧ユーゴをめぐるヨーロッパ的偏見」では、それよりも知的でフェアであると一般的には思われているテオ・アンゲロプロスの『ユリシーズの瞳』に対して苦情を述べている。重箱の隅をつついているという感じもしなくはないが、著者のようにユーゴスラヴィアにかなりの思い入れをしている人から見ると譲れないところはあるんだろう。日本人が『ガン・ホー』とか『ライジング・サン』を見たときの違和感まではいかなくても。まあでも、どっちにしろテオ・アンゲロプロスが西ヨーロッパ的知識人であるということは当然のことではある。ビートたけしがまったくどんな意味でも知識人でないということの意義を改めて思う。大島渚が知識人でなくなった、ということも肯定的に見るべきことかもしれない。

 ユーゴスラヴィア紛争が本質的に土地問題であるという指摘、明石康の当時の国内での評判、1990年代のユーゴスラヴィアの変遷は何者かによってデザインされていたという陰謀論めいた説、日本という国がこのような問題に対してできうる貢献、そして何よりも著者自らの旅の記録など、興味深い議論がいくつもあってエキサイティングな本だった。

1999/12/29

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