The Rape of Nanking

The Forgotten Holocaust of World War II

The Rape of Nanking

Iris Chang / Penguin Book / 97/01/01

★★★

まあねえ

 中国系アメリカ人の若い女性が書いた南京大虐殺の本として、1997年の出版当時からアメリカのみならず世界的に注目された本。発売当初からぱらぱらと読んではいたが、いまだに全体を通じて読んでいない。いつまでも机の脇に放っておくのも何なので、そろそろ始末をつけることにする。

 本書は忘れられていた歴史上の大事件を掘り起こした意欲的な本としておおむね好意的に受け入れられ、著者のIris Changもメディア上の有名人となった。しかし批判の声も(大きくはないが)強い。批判者の言い分を乱暴にまとめてしまうと、著者がちゃんとした歴史研究者でないという点に集約されるように思う。これには、資料の扱いがよくないとか、政治的な動機が強いとか、若くて美人だというようないろんなニュアンスが含まれている。

 日本の大虐殺否定派による批判の本、『『ザ・レイプ・オブ・南京』の研究』の項で、資料の扱いなどの問題点を検討しているので参照されたい。また、翻訳版の出版の件でもめた柏書房は、名誉挽回のために『南京大虐殺否定論の13のウソ』という本を出版しているが、こちらは「大虐殺派」の執筆陣による本である。その他、南京事件に関する本

 私は、この本が提起した一番大きな問題は、南京事件の具体的な内容ではなく、南京事件を巡る態度と情報に関する問題だと思っている。本書で何度か繰り返されるテーマだが、南京事件の犠牲者たちはたしかに世界から忘れられた不遇の人々だった。中国の国内では共産党と国民党の微妙な事情のせいで、(著者が望むほどには)焦点が当てられることはなかった。世界では(これは要するに西洋ということだが)、その場に居合わせた西洋人も少なくなく、また東京裁判で大きく取り上げられたにもかかわらず、長い間忘れられていた。著者のIris Changは、そのように忘れられていた出来事を、日本の敗戦から50年以上が経った時点で掘り起こした勇気ある人物ということになる。

 では、当事者である日本人はその間どうしていたか。反動化が進む戦後日本においては、南京事件を含む、大東亜戦争での残虐な行為を国民の記憶から消し去ろうという陰謀が進行していた。教科書は検閲され、新聞・雑誌では「まぼろし」キャンペーンが繰り広げられ、南京事件のことを告発しようとする人々は弾圧されるという状況のなかで、日本は世界に対して沈黙を守り、あわよくば過去をなきものにしようとしてきたのである。これはホロコースト修正主義と同じような歴史に対する犯罪であり、Iris Changの勇気ある告発はこれに対する挑戦なのである。

 まあ、おおむねそういう風に書いてあるし、書評もだいたいそういう感じで扱うし、読者はそういう印象を受けるだろう。しかし、これは日本人一般の現状認識とはかなり食い違っているはずだ。たしかに日本の大虐殺派(左翼といってもよい)は従来から上パラグラフのようなことを言ってきたけど、言ってる当人もそれがレトリックであり、実際の状況は完全に自分の側とはいわないまでも、かなり自分の側に近いと思ってきたはずである。そもそも本多勝一の『中国の旅』から10年間ほど、南京事件は日本人の最も好きな論争トピックの1つとなり、80年代になっていい加減飽きてきたところで秦郁彦の『南京事件』が一応のとどめを刺し、90年代の冷戦後のナショナリズムの隆盛とともに古いネタの使いまわしがはじまった、というのがこれまでの経緯だ。そのなかで、1937年の南京で何人の人が殺されたかという数字には諸説あっても、大日本帝国陸軍が南京でかなりやばいことをしたということは広く知られ、受け入れられてきたはずである。つまり、本書の出版後に世界の人々が気づいた「日本人の南京事件に関する沈黙」は、われわれ日本人の認識からかなりずれたものになっている。

 このようなずれは、情報の出入りのバイアスから生じている。簡単に言うと、日本人が南京事件に関して議論し、その事件が起こったということを多かれ少なかれ認めているという事態が、世界に伝わっていないのである。その原因にはいくつかのものが考えられる。

 視点をもう少し大きくとると、戦後日本の反・自民党体制運動があたかも存在しなかったかのようになる。たとえば、反核兵器運動、日米安保条約反対運動、米軍基地反対運動が、現在の反動的なナショナリズムに連なる運動として理解されかねない。このような風潮への対応には、大きく分けて2つが考えられる。1つは、いわゆる「日本からの情報発信を強化しよう」というもの。もう1つは、英語中心主義への批判という文脈で、さまざまなマイナー言語およびその使用民族/国家との共闘を行おうというもの。

 『『ザ・レイプ・オブ・南京』の研究』で、著者らが言及している「情報戦」という概念は本当にあると思う。ただ残念なことに、この南京事件については、「南京大虐殺はなかった」なんてことを広く世界に主張するというのは愚策で、高度成長期以降の日本で、この南京事件に関する意識が一貫して高かったという事実を宣伝することの方が急務なのである。というようなことをCNNで発言するような日本人が必要である。

2000/1/14

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