沖縄の自己検証

鼎談・「情念」から「論理」へ

真栄城守定、牧野浩隆、高良倉吉 / ひるぎ社 / 98/02/15

★★★★★

冷静な立場からのグチ

 著者の真栄城守定は経済学専攻の琉球大学教育学部助教授(『沖縄経済』を参照)、牧野浩隆は琉球銀行常勤監査役、高良倉吉は歴史学専攻の琉球大学文学部教授。この3人が、1990年代後半になって盛り上がってきた沖縄の運動に対して批判的な立場から、座談会形式で好きなことを言っているという本。マイノリティなのでグチっぽい。マジョリティを「情念派」と位置づけ、自分たちを「論理派」と位置づける。前知事の大田昌秀がとても嫌いらしい。

 そういうタイプの本の例に洩れず、本書もとても面白い。このところ沖縄で盛り上がってきた基地反対運動と、内地との格差をベースにした地域運動は「情念」に動かされた非理性的なものであり、もうちょっとちゃんと考えようではないかと提唱している。沖縄のあらゆる意味での「自立」を追い求める運動が、健全な自立に結びつかない方向にファナティックに暴走しているという。沖縄に関する報道では、だいたい住民たちのファナティックな姿が描かれるけれども、まあこういう人たちもひっそりと生息しているというわけだ。

 『駐韓米軍犯罪白書』でも感じたが、日本とアメリカと中国という近隣の大国の影響を大きく受けた結果、アイデンティティにぶれが生じているという点で、沖縄と韓国はよく似ている。沖縄の場合は、近代日本による支配、現代アメリカによる支配、現代日本による支配をそれぞれどう評価するかということだけでなく、それ以前の琉球をどう評価するかというあたりが微妙なのである。これはもうあまりに面倒なので、とりあえず未来の方に目を向けるしかないんじゃないか。過去についての言説はいくらでもあら探しができそうで。

 なおこれは微妙なところだが、沖縄の「自立」を求める運動には長い歴史があるけれども、ここ数年の動きは本土でのナショナリスティックな運動と並行する部分があるのではないかと感じられてきた。『文明の衝突』には、基地反対運動が、日本がアメリカから離れて中国へと寄り添う動きの一部であるという記述があって笑ったのだが、これがプチ「自由主義史観」のミラー・イメージになってしまっては具合が悪い。少なくとも本書の著者らは、そういうタイプの恐怖を覚えているように思われる。大田昌秀がプチ石原慎太郎に見えているのかもしれない。

2000/2/26

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