墜落の背景

日航機はなぜ落ちたか

山本善明 / 講談社 / 99/11/14

★★★★★

実務経験者による問題提起もの

 著者は日本航空に34年間勤め(1994年に退社)、最初の頃は法務関連で、最後の方は健康管理室副室長という立場で、航空事故の処理や予防に関わった人。自らの経験をもとに日本における航空事故対策の問題点を提起している。社内では、良くいえば筋の通った人、悪くいえば融通の効かない人だったようで、出世街道からは完全に外されていたらしく、その恨みもあってか実名を出しての裏話が豊富で面白い。

 著者の長いキャリアを反映して、日本航空で起こった事故のほとんどに何らかの形で言及があるが、中心に据えられているのは、分裂病にかかっていた機長が逆噴射をしたために起こった1982年の羽田沖墜落事故である。事故の経過を描く部分が日本製ノンフィクションによく見られる安っぽい描写になっているので、ちょっと後込みする人もいるかもしれないが、頑張って読み進めれば良くなっていく。

 著者が行う問題提起は、事故が起こった後の調査に関わるものと、事故を防ぐための対策に関わるものの2つに分類される。前者は著者の初期のキャリアを、後者は後期のキャリアを反映していて、どちらにも強い説得力がある。その中で特に興味を抱いた指摘を挙げると。

 日本における航空事故の調査は、刑事捜査主導で行われるため、再発防止に役立つようなデータが得られにくい。たとえばアメリカでは、航空事故の調査は、鉄道、道路、海上、パイプラインなどの事故調査も行う国家運輸安全委員会(NTSB)が行う。NTSBが収集した資料は、損害賠償を求める訴訟において証拠として使用できないようになっている(刑事訴訟については、そもそもアメリカでは、航空事故により航空関係者が犯罪容疑に問われた事例はないということ)。これは、事故調査は関係者の責任を問うものではなく、あくまでも再発防止のための調査であるという観念に基づいた規定である。これに対して、日本の航空事故調査委員会は警察からデータを貰っているようなものなので、そもそも中立性などというものはないと言ってよい。本書では、このような仕組みがもたらす弊害が、羽田沖墜落事故をケース・スタディとして事細かに描かれている。一例を挙げれば、犯罪容疑に問われる可能性があるとしたら、関係者から正直な証言が得られることは期待できない。まあそれだけでなく、日本の航空事故調査委員会が全体としてまともに機能していないのは周知の事実ではあるわけだが。

 事故防止対策に関しては、もっぱら著者自らが携わった乗員の健康管理という観点からの言及が多い。この点については、会社が利益の追求にのみ目を向けているという批判があるのだが、これは、著者が健康管理室などというところに配属されたのは左遷であるという恨みと呼応しているのだろう。ごちゃごちゃとした社内政治の楽しい描写もあるんだが、要するに、日本航空では事故防止を担うセクションに権力がないということだ。ちなみに『裏切り』では、野村証券の内部監査的な役割を果たすセクション、『汚れ役』では、味の素の総務部が行っていたような、総会屋対策を含む危機管理機能に、会社の中で独立性と権力を持たされていないという批判というかグチが記されていた。テーマはこれらと同じである。

 ちなみに、羽田沖墜落事故以降、運輸省航空局は、それまで航空会社が独自で行っていた乗員の航空身体検査証明を会社から切り離し、財団法人航空医学研究センターで行うこととした。その結果、日本航空ではそれまで合格とされてきた乗員の中から120名を超す不合格者が現れたが、全日本空輸では1名も不合格者が出なかったという。どっちの航空会社も怖い(全日空から不合格者が出ないのは、何のことはない、全日空での健康管理に携わってきていた医者が航空医学研究センターに派遣されていたからだ)。これは総会屋の社会問題化に伴って、警察が企業に対する規制を強め、利権を拡大してきたのと同じ構図である。

 その他にも面白い話がいっぱいあって、読み終えたら飛行機に乗るのが怖くなることは間違いない。月並みな感想だが、現場のエンジニアを含む、著者のような真面目な会社員たちの日々の努力のおかげで、日本の航空会社の安全は保たれているのだろう。

2000/3/4

TRCの該当ページへ

TRCの該当ページへ

検索ページへ 目次へ 前へ 次へ